「猫は悪女である」    森永卓郎(経済アナリスト)


 我が家には4匹の猫がいる。三毛猫のミック、キジトラのクリス、ジョーイ、コリーの三兄妹だ。最初に我が家にやってきたのが三毛猫ミックだった。3年前、横浜の友人から突然メールがきた。「近所のマンションの階段に、生まれたばかりの子猫が3匹放置されている。命を救うために1匹引き取ってくれないか」。我が家は、猫を飼ったことがなかったので、どうしたらよいのか分からなかったのだが、家族会議の末に「難民救済」をすることになった。友人の車でやってきたミックは、手のひらに乗るほどの大きさで、その愛くるしさから、その瞬時から家族のスターになってしまった。ただ、甘やかせ過ぎたのだろう。ミックは自分が猫であることを忘れてしまったようだ。違いは三兄妹がやってきて明白になった。

 三兄妹は、ミックより1年遅れて生まれた。我が家の周りを縄張りとするポッチが、我が家の庭に生み、我が家の庭で育てていた。だから半年間は、完全な野良猫だった。そして彼らが生まれてから半年後の11月、我が家の家族会議は、三兄妹の難民受け入れを決めた。所沢の冬は厳しく、三兄妹の命が危ぶまれたからだ。だが、半年間の野良猫生活の経験は大きかった。相当人間にいじめられたのだろう。三兄妹は、人間をみると反射的に逃げるのだ。もちろん、1年半も経つと、だいぶ変わってきていて、夜になって眠くなると体を撫でさせてくれたり、すり寄ってくるときもあるが、日中は基本的に人間を避けるのだ。そして、抱っこはいまでも物凄く嫌がる。

 ミックは三兄妹と完全に違う。家人が帰ってくる気配を察すると、玄関にちょこんと座ってお出迎えをする。食事の時には食卓に乗ってくる。抱っこも平気だ。また、丸めたチラシを投げると、猛スピードで追いかけ、くわえて帰ってくる。また、ミックは明確に人間を区別する。実は、私は週末にしか家に帰らないので、私のことを侵入者だと思っているらしい。日中から、私には敵意をむき出しにしてくる。触ろうとすると、歯をむき出して威嚇してくるし、私のそばを通り過ぎる時も、噛みついたり、猫パンチをしてくるのだ。妻や息子にそうした態度を取ることは決してない。一番困るのは、私の寝入りを襲ってくることだ。大体、二日に一回は、猫パンチや噛みつきによって、夜中に起こされてしまう。それどころか、朝起きたら血だらけだったこともある。

 それでも、三兄弟も、ミックも、可愛くて仕方がない。一つの理由は、それぞれに強烈な個性があることだ。攻撃的なミック、漂漂としたコリー、俊敏なジョーイ、気弱なクリス。ところが、彼らに共通しているのが、時折甘えの態度をみせることだ。

 普段は冷たくて、取りつく島がないのに、ある時、突然甘えてくる。オタクの間では、「ツンデレ」と呼ばれている最も魅力的な女性の態度を猫は身につけている。

 なぜ、人間がツンデレに弱いのかと言えば、人間が「快楽」を求めるからだ。人間には安楽と快楽という二つの状況を求める。安楽というのは、安定した快適な刺激のレベルだ。エアコンのきいた部屋で、ふかふかのソファに深く腰掛けて、香りのよい紅茶を楽しむ。それが安楽だ。一方、快楽は刺激レベルの変化だ。炎天下で大汗をかいた直後に、涼しい部屋に移り、冷えた生ビールのジョッキを一気に飲み干す。それが快楽だ。どちらが人を虜にするのかといえば、圧倒的にgat快楽なのだ。

 私は、犬は安楽型のペットだと思う。飼い主に忠実で、いつでも甘えてきて、決して裏切ることがない。だから飼い主は安心できる。一方、猫は快楽型のペットだ。飼い主に媚びないが、きまぐれで甘えてくるなど、常に飼い主を振り回し、裏切り続ける。淑女よりも悪女が魅力的なように、私にとっては犬よりも猫が圧倒的に魅力的なのだ。



森永卓郎(もりなが・たくろう) 経済評論家。1957(昭和32)年、東京都生まれ。獨協大学経済学部教授として教鞭をとる傍ら、テレビやラジオなどで個性的なキャラクターと、豊富な専門知識が織り込まれた軽快なトークで活躍中。レギュラー番組「がっちりマンデー」(TBS)、ゲスト出演は「ビートたけしのTVタックル」「みのもんたのサタデーずばッと」など。また趣味では、食品玩具・空缶・フィギュアなど、様々なモノの蒐集家として知られる。主な著書に『バブルとデフレ』(講談社)、『ビンボーはカッコイイ』(日経ビジネス)、『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)など。