編集後記
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【2017年5月号 編集後記】

今月は編集後記はお休みです


【2017年4月号 編集後記】

藤田宜永さん おめでとうございます 3ページにご夫婦交代で連載いただいている藤田宜永さんの『大雪物語』(講談社)が第51回吉川英治文学賞に決まりました。おめでとうございます。

藤田さんは記者会見で「小説デビューして30年目に出した本が受賞し、これまでの思い出がよみがえってきた」と喜びを語っていらっしゃいます。

『ねこ新聞』来月5月号の連載は、藤田さんのエッセイを掲載いたします。


【2017年3月号 編集後記】

今月は編集後記はお休みです


【2017年2月号 編集後記】

今月は編集後記はお休みです


【毎日新聞(11月6日朝刊・全国版)に紹介されました】

毎日新聞とは浅からぬ縁がある。平成11年、毎日新聞の元社長、故・斎藤明さんから「これから『猫』を旗頭に21世紀における新聞 の姿を模索してゆくつもりですので、どうかいろいろとお力添えください。復刊する折は提携を……」とお話をいただき、復刊に踏 み切れたのだった。『ねこ新聞』が200号を迎えるに至ったのも斎藤社長の心に負うところ大と、心より感謝申し上げている。


(猫生)

【2016年12月号 朝日新聞に紹介されました】

http://www.asahi.com/articles/DA3S12611446.html
『ねこ新聞』創刊22周年200号を祝し、『朝日新聞』が当社の精神「富国強猫」の想いを汲んで、「ひと」欄に掲載くださいました。

(猫生)

【2016年11月号 編集後記 結婚50年の星霜を送りて】

◆ 10月号で200号を迎えるに当たり森村誠一先生にエール文をいただいた折のお礼状に、副編集長の家内が、昔ホテルマンをしていた先生に「昭和41年11月25日にホテルニューオータニにて結婚式を挙げましたが、その折に先生はオータニにいらしたでしょうか」と書き添えました。すると、宝塚歌劇の100周年記念切手を貼った封書で、結婚50周年のお祝い文もお贈りくださいました。私達夫婦の出会いが宝塚とは知らないはず。偶然のなせる技に、家内は感激ひとしおでした。 原口美智代様ご夫妻 森村誠一   当時、私はフロントデスクを担当していましたが、結婚宴会場には、よく顔を出していました 。会場でお会いしていたかもしれません。  当時、ケーキカットの後、切りわけたケーキを社員に分けていました。もしかすると原口様新ご夫婦がカットされたケーキをいただいたかもしれません。知らぬ間の人生の出会いですね。再度改めておめでとうございます。

(猫生)

【創刊22周年 200号を迎えて】

 光陰矢のごとし。

 創刊から22年、男の猫への愛とロマンから始まった『ねこ新聞』も、今月号で記念の200号を迎えました。

 お陰さまで、継続は力なり?。世間からみれば、200号はただの通過点とはいえ、障害を抱えてしまった編集長の私を要として、復刊以後も、広告を入れず、休むことなく発行し続けてこられたのは、ねこの導き?とご寄付?は勿論のこと、ご愛読者のみなさまと著名人の方々、そして、スタッフに恵まれたからこその金字塔と心から感謝申し上げます。

みなさまへの御礼

 この機会を借りて、『ねこ新聞』制作に関わってくださっている、協力者の方々にも改めてお礼を申し上げたい。

・わが社の安いアルバイト代でのスタッフ達/『ねこ新聞』制作デザイナーと印刷会社/ボランティア料金での校正者/10年もの間、毎月の発送時、私達のお弁当まで持参でお手伝いくださる読者のご姉妹。

・資生堂の福原義春名誉会長。そして、そのご紹介により、猫の名画や浮世絵のコレクションから、惜しみなく作品のデータをお貸しくださり、折々に、表紙を飾らせていただいている収集家の招き猫亭・小銀さんと則武広和先生。そのお陰で、『ねこ新聞』は薫り高いと評価を得ているのです。

・免疫学の安保(あぼ)徹先生。復刊当初の心細い経済状況の中、ご著書の印税を長期にわたり『ねこ新聞』にご寄付くださり、ご助力いただきました。

 どなたが欠けても『ねこ新聞』は前へは進めませんでした。


 出版は未経験の私達夫婦でしたが、病に倒れても私の持論「体には障害を抱えてしまったが、心にまで障害を負ったのではない」を大切に、妻が副編集長として、日々花に水を与えるごとく『ねこ新聞』をここまで育てつづけてくれました。

 来年は夫婦揃って喜寿。

『ねこ新聞』はみなさまからのご支援とご愛読をいただける限り、 「富国強猫」の一本道を、ただひたすら猫の夢を見続け、歩んでまいります。

 引き続きのご愛顧、読者拡大へのお力添え、心からお願い申し上げます。

月刊『ねこ新聞』編集長 原口腰Y(猫生)

【2016年9月号 編集長の想い出】

「世界で多発する事件に過去を重ねて」

 過日、バングラデシュにて、JICA現地プロジェクトの関係者日本人7名が、イスラム過激派組織により惨殺された。高い志を持った方々の殺害は絶対に許しがたく、怒り以外のなにものでもない。

 フランスのニースでも、花火見物人の中にバスが突っ込むというテロ事件が起きた。私は昔、アルジェリアでの商談の回答を待つあいだ対岸のニースにしばらく滞在していたことがあるので、なおさら複雑な思いを抱く。

 トルコではクーデター未遂事件が起き、ドイツでは銃乱射など事件は後を絶たない。

 少し事情は異なるが、私は40年ほど前の中東での或る出来事を思い出した。

 仕事のために向かったレバノンの首都ベイルート空港が突然閉鎖され、私は否応なしに山一つ越えたヨルダンに連れて行かれた。  ホテルへと向かう道中、乗ったタクシーの車内にヨルダン国王の写真が貼ってあった。「明日にはベイルートに戻りたい」と話すと、運転手がパレスチナ人だというので、「パレスチナ人なら何故アブ・アンマーの写真を貼らないのか」と私は言った。PLOと仕事をしていた私は、PLOアラファト議長の愛称を知っていたが、普通の外国人は知らないとみえ、スパイと疑われたのである。運転手が通報したらしく、ホテルに着くとピストルや機関銃を持ち武装した警察官に囲まれ、恐怖を覚えながらヨルダン警察に連行された。

 色々取り調べを受けたが、その部屋にもヨルダン国王の写真が飾ってあった。

 それを見て、母方の遠縁ではあるが「私は日本国の天皇の親戚だ」と言ってやった。

 すると態度が変わり、確かな身元引受人がいれば釈放するということになり、仕事相手のM物産の現地支店長が身元引受人になってくれ、無罪放免となった。

 日本に帰り、警視庁公安部外事課の知人に話をしたところ、坂を上ったところにあるその場所は大物政治犯が入るところで、一旦入ると二度と出られないと噂の刑務所だと聞かされゾッとした。

 日本国の天皇のお陰であろうが、無事に釈放されたことを不思議がられ、幸運を喜んでくれた。

 身体障害者となった今では、中近東を自由に飛び回っていた私の若き日の苦い想い出の一頁ではある。

(猫生)

【2016年8月号 編集後記】

◆過日、北海道の山中で置き去りにされた男の子が、1週間ぶりに自衛隊の演習場内で無事保護されたという明るいニュース。純情な七歳の少年(田野岡大和君)の冷静な行動には、世界の目が驚嘆、泣きもしたことだろう。私も涙が出た。

◆実は、私が神戸にいた少年時代、仲間とよく行っていた馴染みの山の上にある動物園から、下にある王子動物園に象を引越しさせたことがある。

◆面白半分に悪がきどもと見学に行ったが、見物人に興奮した象が、「うお〜」と甲高い大声を発し暴れ出し、子供達は追いかけられ、その話題で新聞沙汰になった。あの時は夢中で逃げたが、本当に怖かった。

◆大和くんは熊や他の動物には遭遇しなかったのだろうか。
 それにしても判断力と勇気に喝采を送りたい。

(猫生)

【2016年7月号 編集後記】

◆オバマ米大統領が、世界の注視のなか広島を初訪問。

「核兵器なき世界」それを風化させぬことは世界中の祈りにほかならず。


余談ですが

◆過日、副編集長の原口美智代がラジオ番組、ニッポン放送 黒木瞳の「あさナビ」とTOKYO FM「山田五郎と中川翔子のリミックスZ」に出演しました。

その内容をパソコンでも聴くことができるそうです。

『ねこ新聞』の裏話を、副編集長がフランクな語り口で紹介しています。

◆『ねこ新聞』のホームページに視聴コーナーを設けました。

トップから「ラジオ出演」に飛んで、青字になっている項目名をクリックしてお聴きください。

(猫生)

【2016年6月号 編集後記】

◆当紙で連載の後、単行本として出版された『川辺に生きるノラ猫たち』(中野楓子著・牧野出版)。4月号「BOOK」でも紹介した、奇をてらわず淡々とつづられたこの本を手に取った。

◆帯にいう。

   土手の道を猫が歩いていきます。
   お前はどこへ行こうとしているの?
   その道は、どこに続いているの?
   約束された安寧は、そこにあるの?

◆猫たちの行方を優しく暗示してみせるこの本に、昨今のような殺伐とした時代にこそ、このような本が読まれるとよいなと思い、ウレシクナッタ。

(猫生)

【2016年5月号 編集後記】

◆私は『ねこ新聞』を創刊する時から、海外の日本語学科がある大学へ『ねこ新聞』を送りたいと考えていた。

◆病に倒れ、復刊してからもその夢は消えていなかったが、手助けしてくれる人がいないので延び延びになっていた。

◆現在、私のところに来ているマッサージ師Y君はパリ第三大学に留学経験がある青年で、この話に興味をもち、手伝ってくれるという。

◆そこで第一弾として、パリ第七大学の日本語学科へ贈呈することにした。

◆どんな反応があるか楽しみである。

(猫生)

【2016年4月号 編集後記】

桜と散歩

◆「パリは燃えているか」という、ある夢歌声が幽かにきこえてくる。テレビをつければ世界中の戦争は止まるを知らず――。

◆一方、わが家は平和である。妻は週に数度、家の前の桜の公園へ、愛猫こうちゃんと一緒に散歩に出かける。
「お散歩にゆきますよ」と妻が声をかけると、こうちゃんは寝ていても 「いやだ?行きたくない」と文句を言いつつ起き上がり、妻の後を追って 家の外に出て行く。

◆数年前、呼べば鳴きながらついてきて、リードなどなくてもつかず離れず愛猫と共に散歩ができることを知り、感激した妻。それ以来、自慢の種である。

◆桜が散り出し、花吹雪になる頃には、一緒に行けない私のために、妻は両手いっぱいに花びらを持ち帰り、「掃除が大変」と言いながらも、私の机の上で桜を撒くのである。

◆「富国強猫」。こんな時がいつまで続けられるだろうか……。嗚呼。

(猫生)


『ねこ新聞』の記念すべき年(7月で創刊22周年、10月で200号を迎える)の幕開けに、 『毎日新聞』が当社の精神に注目し、「コラム」で華を添えてくれました。 http://mainichi.jp/articles/20160105/k00/00m/070/129000c

(猫生)

【2016年2月号 編集後記】

『精神貴族』

◆昨年12月に某出版社から、猫の写真に合わせ、猫に関する格言・名言、著名人の一言を付け、「ねこの写真集」を出版したいので、竹書房から出版したわが社の寄稿作家によるエッセイ集2冊から引用させてほしい、と竹書房に企画書が届き、わが社に転送されてきた。

◆その企画書をみて……驚いた。「猫の話をするだけで幸せで満たされた気持ちになる」というような趣旨で、わが社が取り上げた有名作家10名のエッセイより1行から数行抜き出し、猫の写真に付けたいというのだ。

◆『ねこ新聞』は表紙に猫の絵と、詩人の詩を合わせているが、詩は全体で一つの作品と考え、猫の部分だけ抜き出し掲載するような安易なことはしていない。

◆著作権は作家にあるのは承知しているが、わが社では、毎月、毎月、副編集長の妻が、苦労し、汗水流し、20年にわたりご寄稿いただいた大事な作家達ですから、有名作家の名を冠して、ほんの短い1〜3行位を抜き出して使うというような安易なことは認めない。更に認めることはわが社の名誉、姿勢にもかかわり、作家にも申し訳がない。

◆『ねこ新聞』は誇りを持ち、猫から与えられる心の癒やしや和みを皆様にお届け出来るよう日夜努力を続けており、私たちは”たかが猫、されど猫”と、猫そのもののように、精神貴族なのです。

(猫生)

謹賀新年

今年、平成二十八年は私達にとって記念すべき年となります。

『ねこ新聞』一〇月号で創刊二十二年夢の世界"200号記念を、続いて十一月には私達夫婦の結婚五〇周年金婚式を迎える予定です。

そのうちの二十一年間、私は身体障害者。 喜神"のある新聞と評してくださった方の言葉と「富国強猫」を心に、痛む身体にむち打ち、妻と共に一本路を歩み続けます。

本年もよろしくご支援賜りますようお願い申し上げます。


 平成二十八年 新春

月刊『ねこ新聞』 編集長原口腰Y(猫生)
  副編集長原口美智代

 

【2015年12月号 編集後記】

『ねこ新聞』に掲載された珠玉のエッセイをまとめた書籍・第3 弾!! 『猫は迷探偵』 『猫は魔術師』『猫は音楽を奏でる』に続くエッセイ集第3弾が、竹書房から11月9日に出版されました。

 各界著名人51人のエッセイを選りすぐり。

 前回に引き続き、浅生ハルミンさんが愛らしい表紙画を描いてくださいました。

 今回は、ハンドバッグにもすっぽり収まるハンディな文庫本サイズです。

 お出かけのときのお供に、眠りにつく前のひとときに枕元で、お気に召すままお楽しみください。


【2015年11月号 編集後記】

◆相変わらず、イスラム教徒が主である中東の一部の国民たちは、雨風のような爆弾や飢餓からのがれ、難民となり異国に命の余地を求め、大移動をしながら、ヨーロッパに向け殺到している。

◆イスラム教の創始者モハメットは、幼くして両親と死別し、家畜番などをしながら文盲のうちに育ち、辛酸労苦の限りを経た人だった。ダマスカスにいたころは「ムエザ」という名の猫を飼っていたという伝説もある。

◆『コーラン』を見ても、神の教えや道徳を説き、子供・寡婦・孤児に対する親切や動物を愛する心の必要を、声を大にして語っている。

◆エジプトやトルコでは猫殺しが厳禁され、シリアのダマスカスには猫の動物病院や保護施設もあったという。

◆イスラム教徒たちと猫や鳩が描かれた古い絵をながめていると、悲しみの影が見えるようだ。

(猫生)

【2015年10月号 編集後記】

◆私は障害者支援で毎週2回、自宅でマッサージを受けている。先月から、珍しい経歴のマッサージ師が来るようになった。
東京外国語大学から、フランス文学勉強のためパリ大学へ留学したという経歴の持ち主Y君だ。何か意図するところがあり、マッサージの勉強をしたらしい。

◆妻は「貴方がうるさいことばかり言うから、治療院が切り札?を送ってきた」と言っているが、施術もうまいし、話も合うので、大いに気に入っている。

◆障害者になってから20年が過ぎた。
今まで数多くの介護士やマッサージ師にお世話になったが、良いと思った若い人は大抵途中で離職してしまう。
今回のY君も続いてくれるとうれしいのだが……。

(猫生)

【2015年9月号 編集後記】

◆世界的に異常な天候が続いているが、人間世界では相変らずの戦争や紛争……。一段落したかと思っていた次の瞬間、介護士の前で、手助けした妻と共におおきく転ぶ、という暗転! 大騒動劇の一幕があった。

◆妻に抱えられていた私は、どうやら事なきを得たが、妻は右手と腰、足を強打し、マッサージに通う始末。痛くてパソコンも打てないと言う妻を心配したが、骨折はせずに幸いでありました。

◆遠くの池上本門寺の森あたりから、蝉の声を耳元に残し、秋風が淡々とすり抜けていったようだった。

(猫生)

【2015年8月号 編集後記】

今年8月で戦後70年を迎えた。

◆父は、故郷・長崎に原爆が投下される数年前、大学時代の親友から電話があり「神戸は長崎とよく似ている処だからこちらに来いよ」と言われた。
何か強い「神の声」のように心を動かされたとはいえ、親の代から続く小児科病院を閉じ、家族と看護師達まで引き連れ、はるばる神戸へと大移動したのであった。

◆神戸で広島と長崎の原爆投下を知る。
直後、父は第一陣の災害派遣医師団団長として広島に赴いた。現地での悲惨な地獄を、私たちに聞かせてくれたものだった。それ以後、体調を崩し、暫くして父は死にました。嗚呼。

◆母は「お父さんの死は原爆の影響だった」と、黄泉に旅立つまで私たち子供に語りつづけていた。

(猫生)

【2015年7月号 編集後記】

◆内外の人間世界では相変わらず戦争や異様な殺人が交差する現実はあるが、反面、東日本大震災で親を亡くした宮城県岩沼市の子供たちが「流木を使ってお神輿(みこし)を作りあげ」、内陸に集団移転した新しい町で人のつながりを深めるお祭りの存在を知る。

◆すがすがしい集落の朝、祈りを込める感動の画面に心惹かれ、涙を落とした。

(猫生)

【2015年6月号 編集後記】

◆ここに至ってようやく春を越え、わが国はいったい何処へ行くのやら、雄弁なリーダーは「平和を語れぬ」。

◆気紛れな天気模様に、世界中の紛争は止む気配もみえず、異様な殺人が日本でも益々増えている。嗚呼。

◆数年前までお客が大好きだったこうちゃんだが、病気をしてからあまり人を信用しなくなった。

◆上掲、東京新聞の取材の折も、押入れに潜り込み、引っ張り出すのに苦労した。故に無理やり撮った写真は不機嫌で心配したが、周りから「凛々しい」とか「愛されて育っているのがわかる」とか言われ、ほっとした次第である。

(猫生)

【2015年5月号 編集後記】

わがままな猫娘

春の花のかほりを背中にしょって 「今帰りましたよ」と七色の声をはりあげ

ひょっこりと得意気に

お帰りなさいました


(猫生)

東京新聞に紹介されました

3月31日付け東京新聞の32面(本でいえば裏表紙にあたる箇所)の上段に「富国強猫 二人三脚 ねこ新聞 夫婦で歩んだ20年」との見出しで『ねこ新聞』の記事が大きく紹介されました。


【2015年4月号 編集後記】

◆江戸時代は元禄時代頃、五十がらみの男が風呂敷を肩に、あちらこちらの町角へ立ち、大声で「ノミとりや、とりや」と大声を響かせていたという。その蚤取り賃は一匹につき三文だったという。

◆ちなみに、明治に入って四民平等が叫ばれ全国民に苗字がひろがると、勝手な名の猫も現れた。とりわけ「一条天皇」という名の猫が名高い。

◆昔から人の心は眼に現れるという。だがそれは、人に裏表があるからこその物言いだ。一方、猫には裏表がない。眼に現れるままを思い、思いのまま生きる。その眼は魂そのものである。猫を神格化して崇拝した古代エジプトでは、その眼が夜に冥界を旅するという。

◆猫から学べば大哲学者か千里眼にもなれるか。

(猫生)

【2015年3月号 編集後記】

◆今月号は3・11東日本大震災の哀しみを心に深く沈めたく、表紙にお二人の福島県出身者に登場いただいた。
 そのお一人、日本水彩画界の雄、匠気のない春日部たすく氏が、故郷・福島を思ふ心と陶淵明(とうえんめい)の名詩「帰 去来辞(ききょらいのじ)」とを重ねて、死の5年前、自分の一生を振り返り『田園まさに荒れなんとす』と題する作品を描いた。

◆今から35年も前になるが、予見でもしていたかのように?。日本の心はもはや瀕死(ひんし)状態ぞ!

(猫生)

【2015年2月号 編集後記】

◆世界の天候異変と共にあちこちの紛争のW春Wが安易に語られてきているが、そこには、それぞれの歴史的な関係や思想もあろうに、ただ言葉だけがひとり歩きしているような印象すらもってきた。

◆しかし最近、アメリカとキューバの関係で、トップのオバマ米国大統領とラウル・カストロ両氏の会見を耳にし、そこには平和という名の温かいものが感じられ、W春風Wを腹一杯飲み込んだ次第。

◆キューバでたくさんの猫と共に暮らし、作品を書いた大作家、ヘミングウェイの名作『老人の海』を想い浮かべておられる方も多いでしょうね。

(猫生)

【2015年1月号 編集後記】

恭賀新年

◆季節の訪れに伴い、猫たちの噂では「現代に忘れて久しいが、世界的に病原菌が増殖中!!」とか。

◆世界はウイルスのみならず、知性や哲学のない、そんな心の病にまで冒されていくのだろうか。新年から祈ることになりました。

◆本年も「富国強猫」をモットーに、気負うことなくタンタンと根気よく、小径を歩きます。よろしくお付き合いのほどお願い申し上げます。

『ねこ新聞』編集長 原口緑郎(猫生)

【2014年12月号 編集後記】

◆台風つづきのあと秋風のしずかさに耳傾けていたところ……

つぎの瞬間、どどどとわが娘こうちゃんが夜遊びから帰るやいなや汚れた足で、寝ている吾輩の体の大事な丸の内であれ国会界隈であれ、自分の通り道とみて堂々と踏んづけて歩き、自分の寝床に入っていく。

 結ばれてなお結ばれて猫といる

◆妻が「枕が寝にくい」と言うので、「君も連載作家になったのだから好(よ)い枕で寝てください」と冷やかし半分で言ったところ、すぐ通販で大きな枕を買った。

◆おためし開始と同時に、早速わが娘の目に止まり、枕のど真ん中のくぼみにすっぽりと収まり朝まで動こうとしない。しかたなく、妻は毎日新しい枕の端で寝かされ、かえって首がおかしくなったと言 っている――わが娘の或る日の記より。

◆『女性自身』の記事は、私たち夫婦の若いころの事や写真まで入れて詳しく書かれたお陰で、周りの人たちに大好評。 特に「原口さんは立派な方だったのですね」と介護士の間で評価を得て、「へんなおじさん」返上、私の株が大いに高まり、嗚呼アリガタイ。

(猫生)

【2014年11月号 編集後記】

小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)

◆没後110年となる今年、生誕地のギリシャや日本は勿論のこと、世界中から八雲の精神性や作品への関心が高まり、注目が集まっているという。

◆NHKのアーカイブスで没後100年の際に取り上げた『美しき日本の面影』という八雲の足跡をたどる作品を観た。

◆日本へは記者として来日し、島根県尋常中学校の英語教師となり、小泉セツと結婚し日本国籍を得た。熊本へ移り、さらに神戸に移り英字新聞『神戸クロニクス』の記者となり、約2年間そこで執筆活動をしたという。

◆この時期の代表作のひとつ『日本人の微笑』は、自我や個性を前面に押し出す近代西欧を「正」、そうでない日本を「負」とみる当時の東西比較文化論に、八雲が真っ向から反論を試みたものである。

◆その後、居を東京に移し、日本の怪談や霊にまつわる話など多数の作品を残した。

◆八雲が著書で「美(うま)し」と世界に紹介した日本。しかし、今の一流紙然としている報道の堕落や、人々の経済本位に狂うさまは、まるで魔物が顔をのぞかせているようだ。

(猫生)

【2014年10月号 編集後記】

◆猫生は猫と「富国強猫」の関係を確立している。
「猫がゆったりと眠りながら暮らせる国は心が富む国という」。 安倍内閣による憲法9条の解釈論が騒がしいが、私は人間の戦いは嫌い、「富国強兵」転じての「富国強猫」である。

◆猫と人間とは、なにかと魂や哲学的に深い交流関係が結ばれているのだろうと常々考えている。

◆そのような感慨に浸っている折、週刊誌『女性自身』から取材の申し込みがあった。
特集「シリーズ人間」に「創刊から20年『ねこ新聞』を続けた私達夫婦の生き様」を取り上げてくださるそうで、やはり「富国強猫」に興味を持たれていた。

★『女性自身』は2014年9月末から10月初旬に店頭に並ぶそうである。

(猫生)

【2014年9月号 編集後記】

◆サッカー・ワールドカップ(W杯)ブラジル大会もドイツの優勝で幕をとじた。

◆日本代表の試合は残念な結果になったが、大騒ぎの一夜明け、試合後に日本人サポーターが観客席のごみ拾いをしたことが高く評価され日本人の文化的遺産?と世界中に報道された。

◆サッカーの試合では負けたが、リオデジャネイロ州政府は世界の報道を受けて「日本人の行動は文化的な遺産だ」とたたえ、サポーター代表として駐リオ日本総領事や地元日系団体代表を表彰した。

◆日本人の美徳の精神や陰徳は、世界を唸うならせた。

(猫生)

【2014年8月号 編集後記】

◆ともかく世界のひとびとの心は、相変わらず混沌としているが、折しも我が国では東北ゆかりの書『東北を聴く――民謡の原点を訪ねて』(岩波新書)が発売された。
佐々木幹郎さんという詩人が、津軽三味線の二代目高橋竹山とともに、東日本大震災の直後に被災地の村々を行脚した稀有な旅の記録だ。

◆民謡の「八戸小唄」「牛方節」「斎太郎節」や、盲目の津軽三味線奏者の初代高橋竹山の「私がひとり勝手に弾いても三味線は音を出してくれません。私が音を出すのではなく、三味線が音を出すのですから」という言葉、民謡の唄と共に津軽三味線が伴奏から現在のような独立した演奏をするように変容を遂げてきた足跡をも知らされる。

◆人間味や空気と汗と涙が漂う、その気配を伝える名著に、長く漆黒の夜陰の道なき道にあたふたしながら「東北の悪夢」に揺さぶられ、ことごとく、うんうんと、感動しながら読み、人間の「魂」の心に連れ戻されたようだ。嗚呼。

(猫生)

【2014年7月号 編集後記】

〈創刊20周年記念に寄せて〉

◆昔から時代の大きな足跡には「思想や哲学の心」が見え隠れするともいわれてきた。

◆世界に目を転じても、相変わらず物質主義と金儲け話が支配的で……、どこかで戦争や紛争・欺瞞・虚偽事件と、その類の話の山また山。見識豊かな話の欠片すらなさそうだ。嗚呼。

◆わたしは猫たちを抱きながら、『富国強猫』と大きな声で謳い、読者のみなさまと猫との「燃える哲学心」を発揮せんかとゆめの世界を祈って久しい。

◆『ねこ新聞』の過去20年を振り返ってみると、みなさまと猫の心に寄り添い、やっとここまでたどりついたと、今更ながら感謝申し上げる。
今後ともご支援よろしくお願い申し上げます。

(猫生)

【2014年6月号 編集後記】

『文豪の風景』について書いたある名書評家のこと

◆北九州市で開催の「まるごと猫展」に妻が参加するため、私は介護施設に行った。その折にふと目にした読売新聞の『文豪の風景』書評は、わたしの心に灯をともした。

------以下引用---

 作家は、自分の心の風景を何度も思い返すものだ。それらは作品の一場面として、表れるだけではない。育った町の日差しは登場人物の心に陰影を施し、眠るときに聞いた風や波の音は文章にリズムを打たせる。 ―後略―(待)

------引用おわり---

(2014年4月6日「本よみうり堂」)より

◆心の風景や故郷にはせる想いはいつまでも熱い。

◆本の中には、わたしが愛した寺山修司の句
〈わが夏帽どこまで転べども故郷〉もある。
※寺山修司(1935?1983)略歴は6頁の「珠玉選」に。

(猫生)

【2014年5月号 編集後記】

◆さて、悲しくも大人物・宮津隆氏と昨年、お別れした。享年87歳。
平素は飄々とし、やさしい猫の顔で来社され、猫の見識に驚かされたものだった。

◆当紙には、「世界の技術開発史に登場した猫」と題し、天然ではなく改良ゴムは野良猫の珍事からの発見(発明ではない)で、この事がなければゴムタイヤはあり得ず、自動車・航空機産業の発展歴史は現在よりはるかに遅れていたと、科学者の視点から大変興味深い原稿を寄せてくださった。

◆没後に知ったことだが、特に石炭に関する宮津氏の業績は、日本鉄鋼業のみならず世界でも学会から産業界まで鳴り響いており、外国に行くと必ず「Dr ・Miyazuは元気か」と関係者は聞かれた由。

◆また、いろいろなことに興味を持たれ、飛行機に関しては玄人はだしで、例えば日大の木村秀政先生や堀越二郎さん(『風立ちぬ』のモデル)とも知り合いで、ソアラー(計器を備えた高性能のグライダー)の名手だったという。稀有な購読者を亡くした。嗚呼。

(猫生)

【2014年4月号 編集後記】

◆風花舞うロシアのソチの冬期オリンピックヘとテレビに乗り、我が娘猫こうちゃんと共に夢中で飛び込み応援してしまった……。

◆十代の少年達をはじめアスリートの純粋な心とその大活躍ぶりに、手に汗と目には一筋の熱い涙が流れた。

◆そのわずかな一幕のドラマの隙すき間まに、猫口からこうちゃんが外に出てしまい、真夜中になっても帰らず、大雪のなか妻は泣き呼びながら八方捜し求めた白魔の舞う血が凍る夜でもあった。翌日の真夜中、平然と帰ってきた。嗚呼



(猫生)

【2014年3月号 編集後記】

◆『ねこ新聞』は今年の7月号で創刊20周年を迎えます。

◆1994年の創刊時からの謳うたい文句は「夏目漱石の『猫』のような眼で世の中を見て――
金儲けの下卑な愚を嫌い、楽しく、オモシロく、ほの温かい知の薫る、大人の絵本のような……」というもの。
お陰様で5年余のリハビリ休刊があったとは申せ、20年も続けることができました。

◆今月号の半藤末利子さんは夏目漱石のお孫さんです。『ねこ新聞』も7ページでご案内の「夏目漱石記念施設整備基金」に、微力ながらご協力申し上げたいと思います。



(猫生)

【2014年2月号 編集後記】

◆いつものあなたの通るあのヒミツの愛しい一本径。ここしばらく元気のない、こうちゃんの姿……。

◆四季の変化や人間の微(かす)かな吐息や音色・感動のように、文学の匂いを感じてくれていますか。

◆日々元気になってゆく、こうちゃんの姿はうれしい。わたしの元気と重なるからね。



(猫生)

【2014年1月号 編集後記】

左馬(ひだりうま馬)ならぬ左猫(ひだりねこ)

左馬とは福を招く縁起のよい文字。
よろずの福を引き連れてやってくる
神馬の午年においても、猫は福の印。
左猫は百福万来の守り神なり。

やなせたかしさんのいふ「運・鈍・根」。

『ねこ新聞』は今年もタンタンと根気よく小径を歩きます。

 よろしくご支援賜りますようお願い申し上げます。



『ねこ新聞』編集長 原口腰Y(猫生)

【2013年12月号 編集後記】

哀惜 やなせたかしさん

●「アンパンマン」の生みの親である漫画家のやなせたかしさんが、去る10月13日に94歳でご逝去された。

●戦争体験から正義の味方が最初にやらなくちゃいけないことは、飢えるひとを助けること?との信念で、自分の顔を食べさせて周りを助けるアンパンマンが生まれたという。
 汚いものは好きではない、叙情的でありたいと、きれいな絵と やなせメルヘン?を貫いた雑誌『詩とメルヘン』は30年つづき、その後、『詩とファンタジー』へとつながった。

●やなせさんは遅咲きの人生で、漫画家として名前が世に広く知られるようになったのは、70歳くらいのときであったという。

●『ねこ新聞』も、私が障害者となり、夫婦共に60歳からの復刊であった。これから先も微力ながら、 「継続は力」と信じ、進んでいきたい。

●お墓は高知県香美市の実家の跡地に建て、およそ1000平方メートルを公園として整備するそうで、お墓には、やなせさんが書き下ろした「ぼくはここでねむりたい/故郷の土はあたたかい」「季節には/はにかみがちに/白い花を咲かせて/風の中でゆれていたい」という自筆の詩の石碑を建てる計画だそうである。

●『ねこ新聞』には2005年9月号に文と挿画を、10月号には表紙画、2010年7月号にもご寄稿いただきました。

衷心よりお悔やみを申し上げご冥福をお祈りいたします。



(猫生)

【2013年11月号 編集後記】

●7年後の2020年にオリンピック、パラリンピックの開催地が東京と決定したと、世界の人が耳にした。

●日本国にとって喜ばしいに違いないが、少々興奮気味な人々の反応の下地が見えるようで……福島の原発汚染水処理等、大丈夫なのだろうかと、あるいは金に狂う人の拡大化や、わが国の現状を憂い、目がかすむ思いをもつ人もおられたかもしれない。

●今月、11月25日で結婚47年目を迎える私達夫婦だが、オリンピック開催時には、共に80歳を迎えていることになる。はたしてこの祭典を見ることができるのであろうか。

 幸いなことに生きていたとしても、どの場所で、介護施設か、2人揃ってかどうか?

●私達はその前に、来年は『ねこ新聞』創刊20周年と3年後には金婚式を迎えることになる。まずは一つひとつ無事に迎えたいものである。神のみぞ知る!?



(猫生)

【2013年10月号 編集後記】

●今年もノーベル賞受賞者の発表が近々なされることと思う。

 たまたま昨年の『文藝春秋』をパラパラとめくり、ノーベル医学・生理学賞受賞者である山中伸弥教授の この母ありてこの子あり?と思う、淡々とした母・山中美奈子さんの手記「ノーベル賞を育んだ町工場」を今、舐めるように読み返してみた。

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子ども向けの科学雑誌を熱心に読んでいました。親戚で集まると、他の子はマンガ本を広げているんですが、あの子だけは黙々と辞書を読んでいることもあった。小説も好きで、本棚には図鑑や教科書と一緒に、星新一の文庫本もズラーッと並んでいました。(『文藝春秋』2012年12月号より一部抜粋)
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 また、同記事内には、毎日新聞2011年9月22日付け朝刊から、以下のように引用されていた。

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何人かの先生に「スーパーマンになれ」とよく言われました。勉強だけできても駄目だと。それがすごく体にすり込まれています。(中略)柔道を一生懸命やっていましたし、高校の時は「枯山水」というフォークバンドを組み、学園祭に毎年出ました。
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●雑草のように生きてきた彼が、その世界の頂点を極められたということが、印象的でうれしかった。

●iPS細胞が一日でも早く、難病患者や私のような障害者に使用される日が待たれる。


(猫生)

【2013年9月号 編集後記】

『ねこ新聞』のモットー「富国強猫(ふこくきょうねこ)」が、時宜(じぎ)を得て妙、北海道新聞から電話取材を受け、コラム「今日の話題」として、掲載されました。


(猫生)

【2013年8月号 編集後記】

巨星堕(お)つ 毎日新聞社元社長・斎藤明さんの訃報に猫とともに想うことやしきり……。

●毎日新聞社元代表取締役社長の斎藤明さんが6月13日、腎細胞がんのため逝去されました(享年79歳)。

 月刊『ねこ新聞』が復刊できたのは猫好きな斎藤社長(当時)のお陰である。

 斎藤社長が、ある経緯から『ねこ新聞』の創刊時のバックナンバーをご覧になり「ぜひ原口さんにお目にかかりたい」というお話があり、1999年11月10日に車椅子姿で妻(副編集長)と一緒にお会いし、食事をご馳走になった。

●斎藤社長はその折に『ねこ新聞』の表紙の絵と詩のコラボレーションを絶賛くださり、「原口さんのような鬼才はいない。復刊する際にはぜひ提携させていただきたい」と言われ、翌日には手書きのカードで「これから『猫』を旗印に21世紀における新聞の姿を模索していくつもりですが、どうか、いろいろとお力添えくださるようお願いいたします」とお礼状もいただいた。

 妻は「大新聞社の社長が絶賛くださる『ねこ新聞』は、捨てたものではないのかもしれない」と驚いたという。私は復刊したい一念でリハビリを続けていたが、妻は「お金もなく、障害者になってしまったのだから、復刊は無理、不可能」と私の言葉を聞きながしていた。

 しかし、斎藤社長の言葉に力を得た私が復刊号の企画を立てはじめたのを契機に、妻の気持ちが少しずつ復刊へと動きだした。

●斎藤社長とは不思議なご縁があった。

 私は1996年脳出血で倒れ入院のあと、自宅に戻ってからも体中にナイフが廻っているようで痛くて眠れない日々が続いた。

 1999年5月22日、痛くて眠れず、ベッドに横臥(おうが)しながら宇宙の神に祈っている時、天空から?地の塩?という大きな声が聞こえた。朝一 番、妻を馬込図書館に走らせた。

●それは、新約聖書の「山上の垂訓」中にある、?地の塩 世の光?(マタイ伝5章13‐ 16)と知り、私も妻もその言葉の出現した意味を深く受けと め心に刻んだ。その後も不思議なコトがあり、続いて斎藤社長との前記の面談であった。そして2001年2月号からの復刊を決意した。

 その2月号復刊の直前、毎日新聞1月3日付けの年頭挨拶文タイトルが「斎藤明・毎日新聞社長 求められる?地の塩?」であった。一層、深 縁(ふかいえん)猫の光?を感じてきた。

 4月号から毎日新聞社との転載契約がはじまり、2009年まで8年間、転載はこのようにしてつづけられたという物語である。

●当初、『ねこ新聞』の良さを知らなかった妻であるから、斎藤社長の言葉が無ければ絶対に復刊はしなかったと言う。今になれば復刊できた ことは幸せであったとも妻は言う。

『ねこ新聞』にとって大恩人となる斎藤社長とのことが鮮やかに想い出される。

 衷心よりお悔やみを申し上げ、ご冥福をお祈りいたします。 合掌


(猫生)

【2013年7月号 編集後記】

●私の長年のユメは「猫と一緒に生活しながら、猫の魂を手探りで研究調査する「猫の本の図書館」を作ることであった。あったと過去形で言うのは、自分が障害者になってしまい、改めて考える時にそういう表現に襲われる。

●もし、仮に、何処かに図書館を作りたいと言ってくださる声があったとしても、資料の猫の本を全部図書館に入れてしまい、自分の好きな時に本を手にすることも、また車椅子では簡単に行くことも出来ない。それでは図書館が出来ても自分から離れてしまい、何のための図書館かと考え、忸怩(じくじ)たる思いで心が揺れたりするのだ。

●同時に、「猫の本の図書館」は自宅に併設されていて、猫好きな人が何時でも好きなときに本を読みに集まり、談笑できるスペースがあって……。
こんな夢物語は、自然にそれらしく膨らんでいってしまうが!? でも現実は……嗚呼。

●ちなみに、世界には愛猫家の図書館というものはあると思うが、わが国には未だ専門の「猫の本の図書館」があるとは聞いたことはないがね。

★世界的な指揮者、小澤征爾さんの復活がうれしく報道された。先月・6月号の雨田光弘さん表紙画「わんぱくオーケストラ」でタクトを振っているのは「セイジ」さんですぞ。


(猫生)

【2013年6月号 編集後記】

19年目で初めての展示即売イベント。
『ねこ新聞』が、また新たに動きはじめました。

●『ねこ新聞』+4冊の出版本を合わせ初の展示即売会をただいま開催中。

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月刊『ねこ新聞』創刊18周年150号記念を越えて

5月19日(日)〜6月19日(水)
ジュンク堂池袋本店2階
東京都豊島区南池袋2‐15‐5 電話 03‐5956‐6111

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障害者になってしまった編集長の「富国強猫」に共鳴する心は、世界No.1、 ニューヨークタイムズ紙の海外版ヘラルドトリビューン紙が注目、2回も 報道されました。もちろん、日本のマスコミ各紙にも数多く取り上げら れている、世界唯一の“ 猫の文学紙”を目指す『ねこ新聞』です。

●我が社の看板猫、こうちゃんのご縁つづき。
東京新聞の「遊々ライフ」コーナーを、犬に代えて猫で、とご要望があり、『ねこ新聞』として「川辺の猫日記」の中野楓子さんを推薦。4月27日(土)夕刊から、当紙のモットー「富国強猫めざして」のタイトルで連載が始まりました。
「川辺の猫日記」を改稿したもので、とても良い作品になっています。
第2回は5月18日(土)夕刊で、以降、隔週で合計6回の連載です。好評であれば、少し間を置いてまた再開となるようです。ぜひお読みください。


(猫生)

【2013年5月号 編集後記】

●昨年の12月号にご案内した通り、2月22日(猫の日)に「『ねこ新聞』を支える会」を催し、4月号では思い掛けず大きく掲載された東京新聞の記事を、今5月号では詳しく会場の様子を写真入りで掲載させて頂いた。

●全国の読者から、遠いからとか体調が悪いので残念ながら参加出来ない、という声と共に『ねこ新聞』に会の様子を詳しく載せてくださいとのご要望が多数寄せられたので、2ヵ月にわたり掲載した。

●副編集長の妻は、会は読者の皆様への御礼と、痛みに耐え頑張っている私へのエールとして催し、『ねこ新聞』らしく、つつましくも心温まる会にと考えていたようだ。ところが思いのほか立派な会になり、戸惑いながらも感謝感激していた。

●私は脳出血に倒れ、障害者になって18年間、何一つ祝い事はしなかった。

●退院時には「治っていないから」と、復刊時には「読者が1万人にでもなったら」と妻は首を縦に振らなかったので、今回の催しは「生きていて良かった」と心底うれしく感涙した。

●参加者同士が親しく話が出来るようにと、全員に肩書きや出身地等を付記したネームカードを付けて頂き、会のあと写真をパソコン画面で拡大しながら、ネームカードとリストを突き合わせ、一人ひとりお顔を確認しながら全員に写真をお送りした。

● 妻曰く「会ではゆっくりお話しできなかったが、読者の方のお名前と顔をしっかり覚えたので、より親しみが湧き、疲れたけれど楽しい作業でした」と。

  皆様ありがとうございました。

(猫生)

【2013年4月号 編集後記】

●今月号の表紙絵、佐原和行先生に最初にお目に掛かったおり、「先生の描かれる猫はみんな白い猫なのですね」と言うと、「我が家では猫を飼っていないので、野良猫を描いているのだけれど、みな体が汚くて可哀想なので、ボクはみな白い猫に描くのですよ」とおっしゃったのが印象深く想いだされる。

●殺伐とした世の中にあって、心が癒やされるような、水の彩りをもっと見せて頂きたかった。2006年60歳にて逝去されたのがとても残念である。

(猫生)

【2013年3月号 編集後記】

●年明け早々、アルジェリアで起きた人質事件で日本人も殺害されたと悲劇的な報道がされていた。
私の薄れた記憶が、霞の彼方からすこしずつ蘇ってくる。

●30年以上も前になるが、私はベイルートに事務所を構え日本の大商社等の相談役をしていた。

●それら中東での実績を買われ、その後日本の大手通信社の「海外リスク情報」部署の代理店をたのまれた。関係企業の中にアルジェリアの国策事業を受け負っていた日本のD社があった。アルジェリアで暴動が起こり、日本では何の対応もなかったが、フランスがいち早く、関係者を国外脱出させるために専用船を出した。D社もその船に関係者を同船させてもらい国外脱出した。その件を職場放棄としてアルジェリアから、日本円にして50億円位で訴えられた。我が社が脱出の根拠資料を海外から集め、そのレポートをつけ、D社は少額で無事裁判を乗り切った。

●私は、中東ではいつも”弾の道”をはずれて歩くように指導してきた記憶がある・・・。戦闘の弾に当らず未だ生きながらえているのだが、奇襲弾の脳出血に打たれてしまい、現在のテイタラクである。嗚呼。

(猫生)

【2013年2月号 編集後記】

●隣の奥さんから「東京新聞ご覧になった?。毎日、家に来るオタクの猫と思える猫が新聞に載っているのだけれど」と突然の電話。早速持ってきてくれた紙面を見て一同びっくり。

●我が社の看板猫こうちゃんが威風堂々、凛々しく写っているではないか。野良にまちがわれているのもまたご愛嬌。いやむしろ風格の証。介護に来る人や来客の皆に講釈付きで、自慢たらたら見せまくったところ。

●『ねこ新聞』に読者の猫や愛しい猫の原稿が掲載されると皆さんが同じように大喜びし、知人にさし上げるからと20部、30部と注文が来ると聞き及び……!。

●今回、読者の方々の愛猫へ抱く親心が痛いほど判り、私達もご多分に漏れず、皆さんに見ていただきたいと相成りました。

(猫生)

【2013年1月号 編集後記】

恭賀新年

昨年は思いがけず、 菊池寛賞と毎日出版文化賞の候補に入れて頂きましたが、 受賞はなりませんでした。
密かに滂沱(ぼうだ)の涙を流しました……。
余りある名誉は、 きっと "明日の生きがいの行方を灯してくれる" ことでしよう。

本年もみなさまとより深く心の絆が結べますよう 新聞作りに励みます。
尚一層のご支援を賜りますよう お願い申し上げます。

平成二十五年 元旦


有限会社猫新聞社『ねこ新聞』
編集長  原口腰Y(猫生)
副編集長 原口美智代  

【2012年12月号 編集後記】

●振り返れば、
いくたの病が重なり、以来文字通り病を重ね塗炭(とたん)?の苦しみを舐(な)めて きましたので、この度の受賞を逃し、素直に悲しくもありとて、名誉な上、拡い世界へ向けて新しい力が湧いてくるようだ。

●……更に「猫の文學」を深めよう。
  ふるさとは 遠きにありて 思ふもの
  そして悲しく うたふもの
  よしやうらぶれて 異土(いど)の乞食(かたゐ)と なるとても
  帰るところに あるまじや
  ひとり都の ゆふぐれに ふるさとおもひ 涙ぐむ
  そのこころもて
  遠きみやこに かへらばや
  遠きみやこに かへらばや

「小景異情」より  室生犀星

(猫生)

【2012年11月号 編集後記】

今夏の2ヵ月の入院生活につき

●長く病院にいると、まるで「人生の末路」を見たり耳にするというか、……駅頭での恋人たちや親子らしい人たちの、悲喜交々(こもごも)の人模様に似ている舞台であった。

●家族との深い関係を絶ち、施設に行かねばならない、引かれてゆく或る男。 退院の前日、突然高熱を出した男。元気なときには考えもしなかったで あろう悲しい定めとはいえ、私は、終(つい)の住処(すみか)となるであろう施設に行きたくない彼の心の叫びと響き、長い未練が耳朶(じだ)に残り、涙す。

●幸い、私は11月25日で46年目の結婚記念日を迎える。

(猫生)

【2012年10月号 編集後記】

●障害者スポーツが生まれた地、ロンドンで夏季のパラリンピックが開催されているのを、横目に見ながら―――

昨年の交通禍による2ヵ月の入院と今夏の肺炎による入院生活で、すっかり足が細くなり、障害者用の下肢装具の靴が合わなくなりブカブカになった。

●妻が上部はレッグウォーマーで太さを補強してくれたが、合わない靴で、パラリンピックに参加と、必死でリハビリに努め、昨日退院した。

障害者用靴も新しく型をとり、外出用と室内履き両方を注文した。

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現代のリハビリテーションは病気やケガのW後始末Wどころか先見性をもつものとなり…(後略)
(『リハビリテーション・新しい生き方を創る医学』上田敏著 講談社)より

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●新しい靴が出来上がれば、これからが、私の生まれ変わる人生の始まりである。

(猫生)

【2012年9月号 編集後記】

風雪流れ旅に耐え、お陰様で創刊18周年、150号記念を無事発行の運びとなる。
長年ご愛読くださり、私の夢を彩り支えてくださったみなさまへ感謝。ありがとうございました。

●先月記念号の初稿が上がった折、表紙を見て『ねこ新聞』の生き字引、副編の妻が気付いて驚いた。まだ本を返却していない、と。

●表紙画は小沢良吉先生に25年も前に描いてもらった作品だ。私が脳出血で倒れた折、それまで趣味で収集していた絵画の大部分を売ってしまったが、この作品は『ねこ新聞』の資金として、医師の故浅見先生が買ってくださったものだ。

●浅見先生から、「知人に渡部義通という大の猫好きで本まで書いた人がいる」と聞かされ、私が常々調べたいと思っていた人であるので驚いたが、何とわが家から指呼の間に渡部氏のご子息が住んでおられるという。

●早速お訪ねした。創刊間もないころである。

●お父上の渡部氏は亡くなられていたが、著書『猫との対話』を貸してくださった。その後、私も買い求めたが、時をおかず障害者になってしまい借入本のことは忘れ、本箱の奥に置いたままであった。

●それから18年、やっと渡部義通氏の「ねこ・語義と名前」が、『ねこ新聞』150号の表紙を飾った。本箱に忘れられていた本は今回返却することができた。光陰矢のごとしではあったが、胸のつかえが下りたようなこころ持ちである

(猫生)

【2012年8月号 編集後記】

呱々の声をあげて18年、150号を迎えました

お陰様で、オギャーと産声をあげた赤子が、気が付けば大学生にもなるという18年の歳月。
皆さまにご支援され、喜びとともに戸惑いながらも深い紙の文化に猫 と共に分け入り、一本道を歩きつづけ、やっと〈一里塚〉の社(やしろ)辺りにつくことができました。
本当にありがたいと感謝至極です。
人間との展開模様や、明日の人生のことなどは猫の先達にでも聞かないと判りませんが、これからもご縁が続きますようお願い申し上げます。

●思い返せば、創刊号の前に、表紙も同じ8割方でき上がった原稿で埋めた、創刊前号(0号)を見本紙として印刷している。その直後、突然難聴となりテレビを見ても全く理解できなくなった。この事実を周りに隠し、ひと月ほど自宅休養をした後、妻の反対を押し切り、創刊号を発行した。そして1年後に脳出血で倒れた。
あの18年前、病院に行っていたら、身体障害者手帳第1級の重篤にはならず、このような体で苦しみを味わうこともなかったであろうが、『ねこ新聞』は決して生まれていなかった。

●妻は「『ねこ新聞』はあなたの健康体と交換してできた新聞ね」と言うが、創刊していたから、復刊もできた。私は「これで良し」と信じている。

(猫生)

【2012年7月号 編集後記】

トンボはどんな星の下に生まれたのか!?……

●「土井圭子さんのふしぎな物語」――最近は身近な生き物への関心が高まり、その観察会ができたりしている。トンボはわれわれの郷愁を誘う生き物の代表として古事記など古来から文学上によく登場する昆虫である。

 蜻蛉や二尺飛んではまた二尺(一茶)

 肩に来て人なつかしき赤トンボ(漱石)

●人里離れた、宮崎県の村落、自称シオカラトンボ大生息地出身で私の在宅ケアーに来る明るい自然児の介護看護士、土井圭子さん。

開口一番「わたし臭い(田舎)でしょ。わたしこれまで沢山の宙を舞うシオカラトンボに長い間、噛 まれて来ているので……」(大笑)

●トンボが空を舞う長閑な村落出身の優しい人の、蜻蛉よりトンボのような顔をして「乙女の心」を覗かせ、私を和ませてくれる癒しの人だ。

参考:『トンボ入門』新井 裕(どうぶつ社)

(猫生)

【2012年6月号 編集後記】

●昨今の気紛れな天候模様に、空を見上げながら、今の世の中全般的に、Wコンピューター万能時代Wと考えられがちだが……。

●法隆寺最後の宮大工、故西岡常一さんの唯一の内弟子を務めた後、多くの後進を育てた宮大工の親方、小川三夫さんは、数々の寺社建築の棟梁を務め、2003年「現代の名工」に選出され、07年棟梁の地位を後進に譲った。

●その小川三夫さんの名言「不揃いでなくちゃあかんのや。いいのもいる、悪いのもいるっていうのがいいんだ」と言うことばが印象的で光っている。 『不揃いの木を組む』小川三夫(文春文庫)より

(猫生)

【2012年5月号 編集後記】

◆昨年の3・11に関連するテレビ番組が連日来放映され、……家族の絆の大切さを改めて考えさせられた。

◆私の故郷神戸の阪神大震災で被災し仮宅住まいだった長兄は、その数年後に独り亡くなった。また六甲近隣の風景や人々をしみじみ語る私を見かねた妻が、タイミングをみていたように、長兄が風花の記憶にのり昔書いた数冊の著書の中から、私の手元に無い一冊『厄介な置き土産』をインターネットで探して、私に想い出の花束のように届けてくれた。

◆そこには原口家一族郎党のことがたくさん書かれている。それは長兄が大学生の一人息子(現在は某医科大学病院教授)への不思議な重い「置き土産」として書いたものだろうが、長兄とは十四歳も年が離れていた私にとっても今まで知らなかったエピソード等、原口家の歴史は重い「置き土産」ともなった

(猫生)

【2012年4月号 編集後記】

◆日本語が持つ表現力・感覚・深層、ひとびとと共に四季折々の季節感を丁寧にことばに込め、謳い、われわれはそのこころを愉しんできた……。伝統的文化そのものだ。

◆最近、歌手の由紀さおりさんの人気が世界的に広がっていると聞き、我が意を得たりとウレシイ。

◆彼女の、日本語をきれいに情感を込め丁寧に謳いあげる歌唱法は本当にこころを癒してくれる。姉の安田祥子さんと二人で謳う童謡・唱歌は絶妙でいつも聞き惚れていた。

◆愛猫こうちゃんは七色の声でよくおしゃべりをする猫だが、さしずめ“ わが社の由紀さおり”である。

(猫生)

【2012年3月号 編集後記】

◆東日本大震災から3月で1年になる。
想像を絶する大地震、津波そして福島で起きた原発事故。いまだに復興の兆しが見えない現状に被災された皆様には、今冬の厳しい寒さを考え合わせ、どんなに心細い思いを抱いておられるか……W頑張ってくださいWという言葉も空虚に聞こえ、心の中を寒風が吹きぬけてゆく。

◆言うに及ばず、建築資材にまで放射能騒ぎが起きるとは、なんと恐ろしい国になってしまったのか。

◆わたしは交通事故以来、前にも増して寒さが体にこたえ、激痛を伴いケイレンが体を走り回り疲れ果てて身も心もボロボロのヘロヘロである。地震のない英国人好みのリゾート地で体の回復を考えようか……。

(猫生)

【2012年2月号 編集後記】

◆昨年の東日本大震災と共に、人の心の有り様が異なってきており、この日本国も平成の世の金の猛者ぶりがそろそろ終わり、心の時代に移ってきているようだ。

◆私の生まれ育った神戸で17年前の1月17日に起きた阪神淡路大震災が遠い過去のようでもあるが、続いて5月6日に私が脳出血で倒れたことと重ね合わせ感慨にふけっていた折、抽象絵画の重鎮・津高和 一先生の作品と吉野晴朗氏による津高家の猫たちの写真展「ねこがみた現代美術」(芦屋市立美術博物館)の案内状が届いた。【2月19日まで開催中】

◆先生ご夫妻は震災で亡くなられ、新聞で大きく報道された。大の愛猫家で10匹ほどの猫たちと暮らしながら制作に邁進されていた先生とは親しくお付き合いをさせて頂いており、訃報を知ったときは、気の毒で涙にくれた。

◆しかし妻は「ものは考えようで、子供のない80歳の先生はW私にもしものことがあったとき、残してゆく妻のことが心配だWと言っていらしたのだから、老夫婦が一緒に旅立てたのは却って幸せだったのではないかしら。私もそうありたい」と言った。

◆猫や老人、障碍者などの弱者には生きにくい世になってしまったが、猫のように春風にのって、のんびり、ゆっくり暮らしてみようか……。

(猫生)

【2012年1月号 新年のご挨拶】

謹賀新年

 今年は明治天皇が崩御され100年目に当たり、明治天皇御製の子猫 を詠うたった御歌を掲載させていただきました。

 辰年の今年は、私たち夫婦そろって6回目の干支の年を迎えました。

 『ねこ新聞』8月号では創刊18周年、150号となり、この記念すべき年、龍のごとく舞い上がりたいと願います。

 今年もなお一層のご支援を賜りますようお願い申し上げます。

 平成24年 元旦

有限会社猫新聞社 『ねこ新聞』 編集長 原口腰Y(猫生)
副編集長 原口美智代
   

【2011年12月号 編集後記】

◆2ヶ月の入院から退院したものの、筋肉が萎縮し、脚力も握力も全く落ちてしまい、一人では何も出来なくなって帰宅した。一日に4組もの介護の人たちのお世話になって苦しい毎日の始末ではあったが、どうにか体調も戻りつつある。

◆膝の上には、麻痺した左腕を支えるために、妻が新しく作ってくれたファイトと名付けた真っ赤なタオル地のフシギな膝置きクッションがある。それが私の体に、痛みについて語りかけてくるときがあり、大いに力付けられている。

◆わが家のこうちゃんは介護に来る人誰にでも人見知りせず、すり寄っていったり、なぜなぜをさせる相変らず、可愛っぷりを発揮し、主人を十二分に喜ばせ、激励してくれるようだ。「この猫は人見知りせず、やさしい猫ですね」とみんなが言ってくれる。
妻は「そうよ、こんなに人懐っこい、好よ い子はめったにいませんよ。美形だし」と自慢する。

◆先日、NHKのテレビ番組「ワイルドライフ」で海底の10万匹以上のカニが甲羅から足まで全身脱皮する映像を見た。 「うらやましい! 私もカニのように、この障碍がい者の体からそっくり脱皮したい」

◆雑誌「クロワッサン」の素敵な女性記者から心躍る取材を受けた。 12月10日発売号の介護ページに一家で登場する予定です。
(猫生)

【2011年11月号 編集後記】

◆江戸時代頃には電気はなく、はげしい経済競争にあけくれることなく、蝋燭や魚油の行あんどん燈の光が頼りであり、静かな街の風情もあったのではないか。

◆商人や町人の文化が花開き、今も連綿と受け継がれる伝統的な歌舞伎、舞踊、能、謡、狂言などの舞台文化も確立していった時代である。

◆演者の「猫の心と合い脈通ずる」柔軟さと豊かな発想を感じるのは、私だけではないだろう。大狂言作者、河竹黙阿弥しかり……そして俳人、絵師、戯作者しかり、ではないかと思う。
(猫生)

【2011年10月号 編集後記】

遠雷響く中、夢の苦しい雲の上からわが家へ向う

◆明治末期から昭和20年くらいまで、九十九谷と称された東京府下荏原郡馬込村に、多くの文士たち及び文士の卵が棲みつき、文化創造の風が吹いていたというわが町、馬込文士村。

◆この地に住んだ、萩原朔太郎は「坂」という散文詩の冒頭にこう述べている。

 坂のある風景は、ふしぎに浪漫的で、のすたるぢやの感じをあたへるものだ。坂を見てゐると、その風景の向ふに、別の遙かな地平があるやうに思はれる。特に遠方から、透視的に見る場合がさうである。

   (中略)

 或る晩秋のしづかな日に、私は長い坂を登つて行つた。ずつと前から、私はその坂をよく知つてゐた。それはある新開地の郊外で、いちめんに広茫とした眺めの向うを、遠く夢のやうに 這つてゐた。いつか一度、私はその夢のやうな坂を登り、切崖の上にひらけてゐる、未知の自然や風物を見ようとする、詩的な、Adventureに駆られてゐた。

夢の頂上辺りにある病院(都立荏原病院)にて
                     九月一日夜記す
(猫生)

【2011年9月号 編集後記】

◆先日、私の歯の治療後、介護用送迎車上の私に、病院の女性スタッフが不注意から安全ベルトをつけ忘れて運転し、車の多さでは東京でも1、2を争う環状7号線で割り込みをされ急ブレーキを踏んだ……という危険なおはなし。

◆安全ベルトのない、みじめな私は送迎車上の車椅子より頭から一気に足もとに落ちてしまった。送迎時の助手も付いていないし、その間自分では身動きひとつ出きず、苦しみながらの地獄界隈を40分ばかり散策しているうちに歯科院長が到着。私はやっとの思いで車椅子上に引き上げられたという次第。

当初、第5腰椎圧迫骨折とやらで体中が痛く日常生活に支障が出ていたが、妻が1時間ほど外出中、手助けがないのは承知しながら我慢できず一人でトイレに行き車椅子から転倒、急遽入院。

◆妻いわく「何故あの事故の折、救急車を呼んでくれなかったのかしら。それにしても、あなたはよほど神様から『ねこ新聞』を作り続けるような使命をいただいているのね。この暑い夏、涼しい病院でリハビリに励み、いままで出来たことくらいは出来るようになって帰ってきてくださいね。でも私の仕事は益々増えて……『ねこ新聞』は大丈夫、私に任せて」。

◆ともかく、これ迄の人生、馬齢を重ねたとは思えないからゆっくり思い返すのもよいかな……。
「災い転じて福となす」前より良くなって帰るぞ!!
(猫生)

【2011年8月号 編集後記】

東日本大震災と宮沢賢治

◆未曾有の大震災が世界中に報道されていくなかで……期せずして地球規模で詩人宮沢賢治の『雨ニモマケズ』の夕べや、朗読会という形で支援・大応援の声がパリやアメリカ等各国で上がった。

◆春浅い頃、今月号表紙の版画作品を手にした時から、内心宮沢賢治の宇宙観と通ずるものを持ち、賢治の詩と組み合わせたいと考えていた。しかし童話には猫が出て来るが詩には無いと再度全集6巻に目を通したがやはり無かった。

◆そこに3月11日の大震災が起きた。数日後、NHKで東北の魂?として宮沢賢治特集を見た妻(副編)は彼の全編に流れるやさしさに感動し、「猫が出てこなくとも、東北への復興の願いを込めて、宮沢賢治でいきましょう」と言い出した。

◆賢治の作品には曲を付けたものも多く、6月号の表紙の詩「精神歌」(曲・川村吾郎)は、土に生きる働く人間の誇りを、最終章では、天上界から艱難辛苦にあたたかい光を与えて下さると歌う。 クワを持ちながらも歌える応援歌になっていると知り、急遽掲載詩を「精神歌」に差し替えた。そこで自然の成り行きから6・7・8月号と宮沢賢治特集を組むことにしたのである。

◆以前にも珠玉選や「セロ弾きのゴーシュ」を茂田井武さんの絵で表紙にしたことがあるが、震災を機に再度視点を変え、7月号では春日部たすくさんの原画を拝借し、表紙から中面へと変則的な編集も試みた。

◆賢治の祈りにも似た精神が、みなさまの復興への心とも重なれば、至上の悦びである。

(猫生)

【2011年7月号 編集後記】

ショートステイと諷刺家礼讃

◆妻が、購読者で24時間酸素吸入器をつけながら2年前在家出家した広島のMさんと、観音様のご縁から京都の旅へ。私には強引にショートステイへ行ってほしいとなり、コーちゃんをスタッフに頼み、本を抱え行く。

◆そこの介護老人保健施設で目にした人生の縮図か……。絶えず虫のように泣いていた小さく細いおばあさんの、人生に疲れ果てたような哀しいあの姿やその他諸々の人々の残像や残響が、東北の暗いものと交叉して、まだ津波のように私を追っかけ襲ってきてしょうがないんだ……。

◆気を取り直し、戦後一流諷刺作家で大活躍された生方敏郎(うぶかたとしろう)氏に「笑い」の心構えについて聞いてみたく読み返してみた。

書斎的理想家の望むところはベストであるが、我々諷刺家の目的とする所はベターである。理想家の望みは天国にあり、風刺家の仕事は天国へ登る可(べ)き梯子(は しご)を作ることにある。 諷刺は常に革命を暗示する。諷刺は天啓(てんけい)である。天国、理想郷に諷刺文学は無い。けれども現実世界に欠陥のある限りは、諷刺文学は絶えない。云う勿(なか)れ、諷刺は主権専制時代の産物なり、と。 (『明治大正見聞史』生方敏郎著中公文庫より)

(猫生)

【2011年6月号 編集後記】

◆NHKテレビをつけると、目に入ってくるのは朝から晩まで地震と津波ら怒涛のような自然の無慈悲の前に暴れものに呑み込まれ変わり果てた東北の街。ガレキの積み上げられたいわば、“死のまち”の姿である。 原発事故の放射能から逃げ惑う人々に数頭の逃げ惑う惨めな牛という沈鬱(ちんうつ)な暗い画面には、春も桜にもコトバを失いがちな昨今だ。

◆そこに、さる4月14日朗報が飛び込んできた。 日本文学者でコロンビア大学名誉教授のドナルド・キーンさん(88歳)は、4月の最終講義で大学を退職するのを前に、ニューヨークの自宅でインタビューに答え「東日本大震災があった今こそ、愛する日本への信念を表したい」と述べ、国籍を取得したうえで日本に永住する考えを固めたようである。

◆キーンさんは半世紀以上にわたって日本文学の研究に携わり、2008年に文化勲章を受賞。「『奥の細道』を翻訳し東北を訪れたこともあることから、今こそ私の日本に対する信念を見せる意味がある。私は『日本』という女性と結婚した。今回の震災では誰もが犠牲者だと思うが、日本人は大変優秀な国民だ。今は大きな打撃を受けているが、未来は以前よりも立派になると信じている」と日本へのエールを送られておられる由。

◆多くの外国人が日本を去る中、先生の配慮・英断には感極まります。同時に、日本人の「達観する」という精神を忘れないようにしたいものです。

(猫生)

【2011年5月号 編集後記】

東日本大震災に遭遇された方々には心よりお見舞い申しあげます

◆そのときわが国の歴史上稀に見る大震災に襲われ、住まいから親、夫、妻、子ども仕事場まで、そして心や魂までねこそぎ奪い去られ、その上福島県では原発の放射能汚染で故郷から追われた失意のみなさまにはお見舞いとお慰めとを申しあげ、ここで生まれ返った超人東北魂を奮い立たせ豪気(ごうき)をもちW未来への灯Wへ立ち向かってくださるように祈っております。

◆今わたし達にできる支援は何か。『ねこ新聞』でも直ぐに義援金は送ったが、先ずはW振りすぎた振り子を元に戻すことWではないか。明かりを暗く節電し厚着をしても、街が暗くなっても、ガソリンが少なくとも生活はできる。停電など私の子ども時代は年中起きた。肥大した生活全般を見直すよい機会と思う。それらが被災地のみなさまに少しでも役立つように願うばかりです。

◆それにしても、テレビには犬の姿はときどき見かけるが、猫の姿はほとんど見かけない。どうしているのだろうか。人間の生死に一杯で、動物まではどうにもならないということは理解できるが、不憫でならない。

◆ピカッと輝くコラムニストの論調に原爆被爆国のわれわれは学びたい。
 多くの学者が国策になびく中、脱原発を貫いた高木仁三郎(じんざぶろう)氏が健在ならばと思う。11 年前、亡くなる年の講演で「私はそもそも原子力は電力として使うには無理なエネルギーだと感じていました」と語った。

◆…こんな名論調のなかに胸を撫で下ろす方に続いてどうぞ。
 「それがある種の政治的圧力により、強引に電力供給の主流に乗せられようとした」科学とは市民の不安を共有し、その元を取り除き、人々の心に希望の火を灯すものであるべきだと、氏は力説した。電力業界は論敵の視座から出直すしかない。
(着色部分は2011年3月30日付『朝日新聞』「天声人語」より引用)

◆そして、東京電力の見識ある決断を待つ。(4月3日・記)

(猫生)

【2011年4月号 編集後記】

◆天上の神意で「天変地異時代」にでも入ったのだろうか。日本人はその上、金にかかわる悪の病巣をはじめいろいろな問題を抱えている。

◆相変わらずきままな天候には泣かされ、火山騒動もあれば,相撲協会の国技の灯も揺れ霞んで見える。アラブ全地域で変革の灯がつく。外国の大地震で多数の日本人が死んでいる。

◆ところで、「年中性懲りもない政治家の政争には国民はいつも蚊帳の外だ」という敏感なわが家の猫の呆れ顔がみなさまに見えていますか?! 出でよ時代感覚の持ち主よ!! せめて、時代を読み解き国民・国家を挑発し、夢とランドセルを与える志士の出現が待たれる。

◆たとえば大英帝国下の失政からインドで飢饉による餓死が増えていたことを目にし、20年にわたり緑化に命を捧げ、その後、日本の自営農園をすべて売り払い、インドの地に生涯を捧げた杉山龍丸という国士のような日本人がいたが、今こそわが国でも望まれる?のでは……。

(猫生)

【2011年3月号 編集後記】

◆「タイガーマスク」伊達直人を名乗る善意の波が、わが国にもやっときたようで世知辛い時代の心温まるニュースである。

◆『ねこ新聞』には昨年来「結い願い『ねこ新聞』を支える会」という善意の波がすでに起きているが、吾輩の看板『富国強猫』(猫がゆっくりと眠りながら暮らせる国は心が富む国という)…を見上げ、胸をなでおろしており、昨今はよく眠れるようになりました。

◆ところで、英国の国営放送局BBCが広島と長崎で二回被曝した人を笑い話として放映し問題視されている。現地大使館が抗議し成り行きが注目されるが、ふざけとユーモアとは異なる。かの地では「われわれのように人の心に染み入る、いわば猫文学の心」も笑いものになるのだろうかお伺いしたいが、いかが?


(猫生)

【2011年2月号 編集後記】

復刊10周年記念

◆猫生、稀代の猫狂が病膏盲に入り、1994年(平成6年)7月に、"夏目漱石の『猫』のように世の中を見る"と謳い月刊『ねこ新聞』を創刊。一年後に脳出血発病で万事休す。死線上を病とさまよい、一陽来復ようやく5年7ヶ月後の2001年(平成13年)2月13日に『ねこ新聞』を復刊。

◆昨年7月には創刊から16周年目となり、お陰さまで今月の2月号で私がこの世に生還した証の復刊10周年記念号を迎えました。よくぞここまできたと感無量です。皆さまに感謝するばかりです。

◆あえて、表紙画の藤田嗣治作品について。
海外では絵画や美術品は作品としてのオリジナリティーを尊重するということであるが、それが我精神とも重なり、日焼けのような跡を残してはいるが、この作品の歩んできた足跡の証そのままに、所蔵家のご好意と美術著作権協会(SPDA)の許諾を受け、記念号の表紙画に掲載させていただきました。

◆ところで、昔からよく壁に耳あり障子に目あり?と言われますが、わざわざ「富国強猫」と掲げ、猫がゆっくりと眠りながら暮らせる国はこころの富む国とされても、羽音にも耳を立てるわれわれ猫族には、窓外の波高く、雑音多しでは、その境地には達せられませぬ。……嗚呼


(猫生)

【2011年1月号 編集後記】

謹賀新年

 猫の頭撫でて
 我が居る世の中の
 いがみあひ
 いさかひよそに
 我が居る

     伊藤左千夫


暗く閉塞感(へいそくかん)の拡がる世の中だからこそ、いよいよ益々猫の出番だ。
正岡子規門下歌人、伊藤左千夫が詠む一首 猫のココロをどうぞ。
本年もよろしくご贔屓ください。



(猫生)

【2010年12月号 編集後記】

◆さて、12月のベートーベンじゃあないですが、落語かコント調に、猫抱いて合唱≠深く歌うわれわれ夫婦の日常譜をどうぞ・・・・・

◆妻「こうチャンが入ってしまって。余り目が痛いので今日眼科で見てもらったら右目に2本、左目に3本のこうチャンの毛が入っていたの。いつも2本位は入っていることはあるけれど、5本では痛いわけよね」「昔のひとは目に入れても痛くないほど可愛いいといったというのにネ。」

◆兄と母代わりの二役だったタルホが昨年12月、風のように行方不明になって久しい。「それ以来こうチャンは外から帰ってくるたびに"お腹をなでて!!"と愛撫を求めるようになったの」。 夫「それにしても小さいものでまだよかったね。まさか赤トンボじゃなかったんだろう?。それにしてもあの子は目に余るというのかい・・・・・」



(猫生)

【2010年11月号 編集後記】

◆ひとはうれしい時や幸せな時はもちろん、苦しい悲しい時さえも、苦笑、冷笑、嘲笑、照れ笑い、薄笑い、あいそ笑いなどさまざまな場面でいろいろな笑いを産み出す。わが家のユーモアセンスにすぐれ意表を突く、魔術師こと愛猫コーちゃんの手になる、私達夫婦の冷えた空気をも暖かい笑いに変えてしまうという笑いも加えねばね。(笑)

◆現代は日本語が乱れ、平気でひと前でゲラゲラ笑う風潮が拡がり嘆かわしい。笑いにも品格があってほしいものだ。

◆『笑いのこころ、ユーモアのセンス』 (岩波書店) という本を書かれた織田正吉さんによると「笑いとユーモアは、緊張を解き心のバランスを保つための調整機能」と言う。
以下のように興味深く読まれる。

劇作家飯沢匡は、警視総監で貴族院議員であった人を父とし東京山の手で育った。その生活についてこう延べている。

 私が育った家ではもちろん笑いはタブーであった。女中などが高笑いしていると父の書斎から呼鈴が鳴り、駆けつけると母が呼び出され「何故あのような笑い方をさせるのか」母が叱責されるのであった。(中略)

どんなに深刻で重要なことを話していても、笑いが起きるとその空気が壊れ、話はそこで打ち切られる。江戸時代には、まじめな話を笑いごとにしてしまうのを「茶にする」と言った。まじめな問題を冗談ごとにする、話をはぐらかす、からかうという意味である。「茶にする」は「茶化す」とも言った。笑うことと不まじめは同じではなく、また、まじめな人も笑いを求めるが、まじめを尊重する人が笑いを嫌う理由の一つには、笑いのもつこの破壊力がある。

(猫生)

【2010年10月号 編集後記に代えての書評】

 現在、わが国の英語熱は高まる一方だが、やさしい生きた英語に関して、哀しいかな最近見たテレビ情報によると、中国や韓国との格差が広がるばかりのようだ。それは、どう楽しく教え、習うのかというW人間的方法論Wにありそうである。

 さて、NHKの放映で『ねこ新聞』を知ったという人から、日本語と英語併記のユニークな漫画本が送られてきた。

 神戸の英国聖公会英語学校で昼夜教師をしていた私の青春時代。当時こんな本があったら「楽しく学ぶ」教材として、理想的であったと思う。毎回の教材作りも楽であったことだろうと……。

 わが国もやっと、小学校から英語を学科として取り上げようという状況になってきている。教える側にも教わる側にも、役立つのではないかと思うので、ここに、作者による本書誕生のさわりを紹介しておこう。

(猫生)

【2010年9月号】

◆それが国技だから・・・・・黒星にまみれた相撲協会の話題はニュースとして國内外へ津波のように拡がるような気配だった。NHKがいち早く「大相撲名古屋場所実況放送中止」という見識を発表。

◆そこで、急遽NHK総合テレビ7月16日〈金〉、相撲放送時間帯の全国放送「ゆうどきネット」に「いっと6けん」で放映された『ねこ新聞』が再編集・再放映決定由・・・・・。 主婦向け時間帯に2度も放映され、みなさまの心に広く感動的に受け入れられたか、はたまた猫の霊力か、大反響で応えてくれた。

◆わが家の大スター愛猫コウちゃんはすっかり人気者になった。 夜、若い女性が家の前を通り、友達に「この家には、コウちゃんという猫がいるのよ」 と話しつつ、納戸の屋根の上に居たコウちゃんを見つけ「あっ!!コウちゃんが居た。こうチャン。コウちゃん」と二人して奇声を上げ大騒ぎ。手の届かないところにいるコウちゃんは町のスター然とおすまし。 又出窓に居たコウちゃんを見つけた親子連れのお母さんが、この猫チャンはコウちゃんと言うのよ」と子供に説明して遊んでいった。 名前を知っているのは多分テレビのせい。 諸々のささやきが、風に乗って聞こえてくるようになった。

(猫生)

【2010年8月号】

◆自分の哲学を実践しようと森に小さい小屋を建てて住み、名著『森の生活』を書いたアメリカの作家ソローよろしく、万巻の猫の森を散策し今日に至るという私の話からはじまり、入念な取材を受けたNHKテレビ『いっと6けん』が6月22日に予定通り放映された。「東京新聞」の「『ねこ新聞』へ支援の手」の記事を読んだ『いっと6けん』の担当レポーターからの出演依頼でした。

◆ところで、暗い時代、世界はいろいろな点で大変動期に面してるようにみられる。ゆったりとした時が流れた江戸時代末期、拝金主義ではなく、文人と呼ばれた知識人の寄り合う場があり、学問や詩・書・狂歌などを楽しみながら身分を超え、風雅の世界を描き出していた。

◆そいう精神の遺伝子は当然『ねこ新聞』にも引き継がれ、つくってきた。―またあきらかに猫の心と合脈通ずるものでもあります。

◆テレビ放映の『ねこ新聞』コーナーの最後でレポータから「今後の『ねこ新聞』はどうなりますか?」と質問されとっさに「猫に訊いてちょうだい」と私は答えたが、―それらの心がみなさまに大受けしたのではないのだろうか、それにも増して愛猫こうちゃんの愛らしさか、一日中電話が鳴りやまなかった。ありがとうございました。

(猫生)

【2010年7月号】

『心生ふ』 テレビ二題

◆不順な天候と共に、ありとあらゆる人達が手段を選ばずお金を追い求める由々しい事件が後を絶たずに起こるのを見て息を呑む。われわれは表題に示すように……自然に、その神意のように生長(ヽヽ)することはないのかと猫と共に祈っていたところ―――
期せずして二本のテレビ番組から放映と取材の申し込みが入った。

(1)6月3日(木) フジテレビ19時57分〜21時48分「奇跡体験!アンビリーバボー」 ビートたけし、所ジョージ 他出演に『ねこ新聞』がほんの一場面だが取り上げられた。世界中にある通常見たり入ったりすることができない"立ち入り禁止区域"をテーマに2時間のスペシャル放送中、「国立国会図書館の内部」を特集する際に、創刊以来送っている『ねこ新聞』の4月号表紙が紹介された。しかし国立国会図書館には3600万点収蔵されており、毎日2500点の印刷物が送られて来る中から選ばれたのだから奇跡的なことです。私が倒れる以前は、よく夫婦して資料集めに通い、図書館の食堂で昼食を取り、車椅子になってからも行きました。

(2)6月22日(火)予定 NHK総合テレビ午前11時05分〜11時54分「こんにちは いっと6けん〈人生わたし流〉」(首都圏放映)に、『ねこ新聞』の私たち夫婦と猫、スタッフ、読者やご寄稿作家ご出演で8分ほど放映の予定。

◆6月号に「結い願い」と読者拡大のため旧バックナンバーを同封したところ、多数の方から「もうバックナンバーは無いのですか」と「会費意外にも随時送金してもよいか」とお問合せを頂いた。新聞は置き場所を考え必要最低限は引き取ったのでご安心ください。ご注文をお待ちします。ご支援は随時喜んでお受け致します。

(猫生)


【2010年6月号】

◆現代詩の巨人・高村光太郎は大彫刻家光雲の長男で、明治・大正・昭和三代にわたる日本近代化の歴史の流れのなか、七十三年にわたる生涯である。

◆さて、連日天候不順な日が続きその上、恐るべき親が子を殺す、子が親を殺す、騙し、騙され送金事件等々、汚れに沈んている私の布団のセミ殻に愛猫コーチャンがチャッカリ入り込み、無垢な顔だけをのぞかせている・・・・・・。

◆おもむろに、あの詩が私を16年にわたり蝕ばんできた病巣の隙間から霞のように立ち浮んできた。黒い『混沌(こんとん)』の現代だからこそ、その代表作「道程」を重ね合わせ、あるいは反芻(はんすう)し、あすの『ねこ新聞』の「心」について改めて読み返して見る。

◆僕の前に道はない/僕の後ろに道は出来る/ああ自然よ/父よ/僕を一人立ちにさせた広大な父よ/僕から目を離さないで守る事をせよ/常に父の気魄(きはく)を僕に充たせよ/この遠い道程のため/この遠い道程のため

◆今月号には「結(ゆ)い願い」と題し『ねこ新聞を支える会』の「お願い書」を同封いたしました。よろしくご支援の程お願い申し上げます。

(猫生)


【2010年5月号】

◆雪上のカナダ・パラリンピックの選手たちの活躍は素晴らしかった。

◆わたしは「16年もの年季者障害者」をウリモノにしたくはないと冷静につとめているが、ひとりひとりのドラマが見え隠れし、ついハラハラドキドキ、ゴールでの迫真連続のシーンには引き込まれて手に汗をにぎり声援を送った。

◆最終ゴ―ルは異なるが、1998年の長野パラリンピックの折も『ねこ新聞』を復刊しようかどうか悩んでいたころで彼等に大きな力をもらった。今回も参加した障害者選手の並々ならぬ努力と奮闘にまた「夢は実現できる」と力を得たが、現実は厳しい。

◆毎日新聞社との『ねこ新聞』転載契約が終了し早1年。周りから何か支援する方法をとの声が燃え拡がり、やっと来月には「支える会」として正式なお願い書をお送りする運びとなった。皆様の温かいお気持ち本当にありがとうございます。

もの言わぬ猫によりそい
わらべ唄歌いておれば心な和みぬ     (歌人・モーレンカンプふゆこ)

(猫生)


【2010年4月号】

◆連日連夜テレビをつけるとわがもの顔のオリンピックが終われば、不況話が引き続き襲ってくる。

◆過去数10年この方取引し、『ねこ新聞』も復刊から9年間印刷を依頼していた印刷会社が本年2月突然倒産。ただでさえ、当社も昨年5月に毎日新聞社との提携が終了し頭を悩ませている折に驚きである。いよいよ不景気風が身近に迫ってきた。

◆読者のみなさまへ気分一新・・・・・・ 猫の霊力と伴に、より美しく「深い心」を伝えよう。また意気軒昂に、表紙画集『ねこは猫の夢をみる』と猫文学紙『ねこ新聞』を世界最大の「ドイツ・ブックフェア」や「中国市場」等を展望し、協力・販売・確立すべく準備を急ぎたい。ビジネスに関心あれば、『ロードマップ』有り。海外へ出したいという私の夢にご一緒できる方、どなたでも編集長宛にお声を掛けてください。

◆哀惜
2月8日に亡くなられた立松和平さんには『ねこ新聞』に3回ご寄稿いただきました。衷心よりお悔み申し上げご冥福をお祈りいたします。

(猫生)


【2010年3月号】

ほほづゑする二人の作家と寒空のタルホ

 貝になり、寡黙で哲学者のようになり、その後、昨年師走、寒空に愛猫タルホ(コウちゃんの兄猫・母親代わり)が外出先から帰らず、寒さが増す日夜、わたしは胸にできたささくれが痛む。

 詩人長田弘さんはこんなようにして慰めてくれる。

絵本『ねこのき』より

 散歩する道をきめて、いつもおなじ時間にその道を歩いてゆくと、いつも同じ場所で、おなじ猫たちに出会います。猫はどの猫もかならず、お気に入りの場所をもっていて、その場所は季節が変わるごとに変わりますが、一度そこときめたら、どんなときもここときめた、そのお気入りの場所に落ち着いています。あの猫はそこ、この猫はここと、毎日歩く道で、いつかずいぶんおおくの猫たちと知り合いました。こっちがそれぞれの猫たちの顔を覚えるように、猫たちもまたこっちの顔をいつか覚えるらしく、いまではきっと身構えたり、さっと身を翻したりしません。そうして親しく挨拶をかわすようになった顔見知りの猫たちの一匹が、ある日ふっつり姿を消し、それっきりになりました。この小さな絵本を、そのいなくなった猫のために。

 絵を描いたイラストレーター大橋歩さんは次のように語る。

 子どものための絵を描く仕事はほとんどしない私ですから、長田さんのだったらさせていただきたいと欲張ったまではよかったけれど、実際に絵を描くことになって、もう四苦八苦でした。水彩でやりたいと思っていたので、新しく紙と絵の具を買ってきましたが、思うように描けません。もうほんとしかたなくいつものオイルパステルに助けてもらうことにしました。ところがオイルパステルでも、なかなかうまくいきません。日曜日も祭日も朝から紙にむかって戦いました。子どものための絵がこんなにむつかしいとは予想しませんでした。絵本の絵で好きなのがあります。あんなの描けたらいいなと密かに思っていました。見ると実際の違いを、今回じっくり知りました。魅力的な絵が描けるイラストレーターになりたいと思います。

 頑張らなくっちゃ!!

……いやはや大橋さん、魅力的な謙虚な心の持ち主ここにあり。             

編集長 原口腰Y

『ねこのき』本文省略

【2010年2月号】

◆かねてよりノーベル賞の裾野の広さに興味をもっていたところ、探究心に溢れ奇想天外で常識破りなまま少年時代から大学、戦時下の研究所生活を駆けぬけていったアメリカの独創的なノーベル賞物理学受賞者の本『ご冗談でしょう、ファインマンさん(上)』(岩波現代文庫)、という本をみつけ感動して夢中で読みはじめた。

◆その身につけた発想・独創力とそれに連なる行動の一面が猫のそのものと重なり、おどろき、読み進んでいるうち、プリンストン大学学生時代、猫の解剖図に興味が増し……図書館に行き「ネコの地図」を探してほしい≠ニいっているうちに図書館では「ネコの地図」を探しているまぬけな大学院生がうろついている≠ニいう噂が立ったことがあったようだ。世界の猫族にもノーベル端役賞でも出してもよいかな。

◆わたしはもはや春気分猫生になっておる候。

(猫生)

【2010年1月号】

迎春

◆21世紀は共生の時代といわれる。

◆今月の表紙画を描いたの早世の天才童画作家・茂田井武さんを想う(表紙の人参照)。

◆終戦直後の約十年間、……詩情溢れる絵を描き続け、「時計がとまるようだ」「ほのぼのとあったかく何か哀愁が漂う」と絶賛され、飢えた児童の"夢の心"をつかんできた。

◆折りしも「わが国には憂国の情」が走り、この絵のような世の中でありたいと願う。

◆本年もよろしくご愛読ください。

「ねこはどこからどこまでも
     かわいい愛くるしい塊(かたまり)だ」 と想う。

(猫生)

【2009年12月号】

◆世界の指導者の交代が続き大きな変化がおこりそうだ。

◆わが国でもいろいろな変化が期待されうれしい。しかし、猫の目には、政治家にせよ役人にせよこころなしかどうも「哲学」というか「ココロザシ」に欠けるように映る。

◆哲学者然と夢を語り聴かせる語り部首相は、福祉向け雇用につき、労働力の側面から語るが、人の《命の現場》に集う心が伴わぬ福祉参加者は烏合の集だ。安易な転職組では続かない。しかし、現場には志の高い人も多い。わたしの入浴介護にくる専門学校出の介護福祉士、大橋君もその一人だ。そして彼には、痛いほど思いやりがあるのです。

◆いままでも度々そうであったが、若い有望な福祉の担い手の介護士が数年経つと、給料の安さと労働のきつさで辞める。ニャンとも残念でならない。命の声を呈しておこう。嗚呼。
(猫生)

【2009年11月号】

◆イタリア半島の丘の上の小さな街ウルビーノは13〜15世紀に栄えた都市国家。君主フェデリーコは書籍を愛し貴重本を膨大に集めた。ユニークな君主の知性術で得た莫大な収入を国造りに費やした(NHK「世界遺産への招待状」より)。さしずめ、現代の君主フェデリーコは、名うての書評家である資生堂名誉会長の福原義春さんだろうか。―文字・活字文化の継承に向けた、経済界随一の読書家からの提言―『だから人は本を読む』(東洋経済新報社)。

◆作家半藤末利子さん(夏目漱石の孫娘)の近著『漱石の長襦袢』(文藝春秋)の中で、漱石は熊本で結婚して所帯を持つとすぐに妻の鏡子に「俺はこれから毎日たくさんの本を読まねばならぬからお前のことなどかまっていられない」と申し渡した。それを聞いて鏡子は「よござんす。私の父も相当に本を読む方でしたから少々のことではびくともしやしません」と受けて立っている。(後略)……彼女を女帝として忘れられない。

◆今月の25日で結婚43年目を迎える。私も来年1月で70歳になる。妻には婚約時に指輪も贈らなかったし、夫婦での旅行もせずに身体障害者になってしまった。テレビで美しい世界の風景に魅入っていると傍で妻が「どこにも行っていない」と不服顔。猫と一緒の穏やかな生活で良いではないか。辛抱。辛抱。
(猫生)

【2009年10月号】

◆今夏のこんな難解で気ままな天気の日には超然的に猫のような感覚で単純にテレビを見たり、本を読んだりしながら力を得た。

◆テレビに熱狂しながら筋書きのないドラマに引き込まれ、「ベルリン世界陸上大会」に参加した。わが家の猫もおもわず吹きだしたことは …… あなたはあの女子1万メートル決勝を見ましたか? アフリカ勢が他を圧倒し上位に入賞。ドラマがそれからおこった。全ての人がゴールした後 …… 世界の選手の中では特に小柄で子供のように見える日本選手が二周遅れの最終ランナーとしてゴールした直後、マスコットの   ベルリーノに飛びつきダッコされたほほえましい出来事、あの人です。「ビリはトップにつながる」とわたしの哲学と重なり私も失笑した次第。

◆雑誌『別冊歴史読本』が1993年に出した「日本史を変えた人物200人」という特集号がある。その中に近代宗教家で名前が挙がっているのは、出口王仁三郎(でぐち・おにさぶろう)と大谷光瑞(おおたに・こうずい)の二人だけである。大谷光瑞は西本願寺の門主で、彼自身、同時代宗教指導者として王仁三郎の名前を挙げたことがある。

◆アメリカ人歴史学家、ナンシー・K・ストーカー著の『出口王仁三郎―帝国の時代のカリスマ』(原書房)を夢中で読んだ。ありとあらゆる困難を乗り越えていく王仁三郎の意志力、創造力、先見性に偉大な「時代のカリスマ性」を感じ今更のように心服した。
(猫生)

【2009年9月号】

空を見上げるいろいろの目たち

◆空模様を見上げる世界の好奇の目、目、目。犯罪多発の国家日本に注がれる国内外の軽蔑の目。冷えた選挙への目、目、目。

◆閑話休題
 8月号で、天皇、皇后両陛下カナダご訪問の折、美智子様のご希望により、7月9日トロント公共図書館内の世界の児童書愛好家や研究家垂涎の「オズボーン・コレクション」をご訪問されたことをお伝えしましたが、その様子を梶原由佳さんがメールでお知らせくださった。(部分転載)

 当日は日本から何十名という取材の方がバスでお見えになり、テレビ局のカメラもはいり大騒動でした。それなのに結果を見たら殆ど報道されていなくて(皇后様のみのご訪問だったからでしょうか)、とても驚きました。

 予定では私も案内役のひとりとして読書室に入ることになっていたのですが、 美智子様のあとを他の日本人スタッフの方たち(宮内庁の方を含め)がどっと入室されて、私ははじかれてしまいました(苦笑)。

 また、去り際に職員ひとりひとりに挨拶されたのは本当に驚きでした。実はカナダ人職員は読書室の隣の部屋にいてもいいけれど、美智子様に近寄ってはならないという暗黙の了解がありました。それなのに、退室の際には美智子様の方から歩みよられ握手もされたので、泣き出しそうな職員もいました。ほんとうに穏やかで優しいお声でした。

◆『ねこ新聞』では梶原さんにより「オズボーン・コレクション」として猫の本を28回連載しました。

(猫生)

【2009年8月号】

"心の目"ここに在り

◆われわれが何かと沈み腹にたまった不満のガスをスッキリ吐き出すように、全盲の辻井伸行さん(20歳)の世界的国際ピアノコンクール優勝の快挙だった。

◆・・・暗い、愚かな、文字通り目を覆うような、いやなことが続く中、第13回バン・クライバーン国際ピアノコンクールで日本人初、しかも視覚障害者ピアニストの優勝である。彼の演奏は透明で温かく、力強く、素晴らしい。感動的な心を癒す音色は、聞いていると涙がこぼれそうになる。

◆折しも、我が『ねこ新聞』でも視覚障害者向けに、音声版月刊『ねこ新聞』の制作をスタートしたところと重なり、不思議を禁じ得ない。

◆なぜ盲人向けの音声版制作をはじめたかは・・・・・・、復刊3年後位に、購読者から「音読ボランティアがいなくなったので購読を止めたい」と。「表紙画やデザインを重視する『ねこ新聞』で、絵はどうするんですか」の問いに「絵から写真まで全て読んでもらう『ねこ新聞』は面白いですよ」という電話からはじまった。

◆その時、妻(副編)は、「目で見て美しく楽しいを心掛ける『ねこ新聞』が、耳から聞いて楽しんでくれる人がいる」とは目から鱗であったという。それ以後、読者の中に音読ボランティアを捜し続けていたが、「面白いからやってみよう」という富山県の読者・小林満智子さんが現われた。

◆音訳テープから5月号のCD試聴版は出来たが、素人の悲しさ製品に仕上げる音の編集者がいない。ボランティアでの参加をお願いしたい。

◆先月7月号で創刊15周年目を迎えた。創刊時には、盲人向けの音声版まで作るようになるとは想像もできなかった。

(猫生)

【2009年7月号】

『ねこ新聞』がシカゴ大学の翻訳授業の教材に!

◆今話題の『小林多喜二――21世紀にどう読むか』(岩波新書)がマスコミ各社から横断的に特集されているが、著者のノーマ・フィールド、シカゴ大学文学部東南アジア言語文化教授が、形式的ではなく気楽に取り組めるようにと、本紙『ねこ新聞』を教材利用されていると表敬訪問いただく。(訪問記は6ページに続く)

◆ノーマさんの温かい人柄とみずみずしい筆致の中に『蟹工船』の作者小林多喜二(1903〜1933)の情熱が伝わり感動が蘇り涙す。

◆無告のひとびとが問われる歴史上の惨劇をたれが封じ込めるといふのか。どす黒い時空を超え社会改革をめざし拷問死に至った嗚呼小林多喜二の屍を乗り越え、知られざる人間像に迫る。

◆実はわたしは7〜8回読んだ。ある時には、たゆたい読みました。

◆ノーマさんに直接お会いして、はたと、江戸時代中期の民謡集という『山家鳥虫歌(さんかてうちゆうか)』の「恋に焦がれて鳴く蝉よりも 鳴かぬ蛍が身を焦がす」が浮かんできた。

大きく人を受けとめ包む静かな蛍のような文学者だと思った。

(猫生)

【2009年6月号】

◆私の仕事机のよこにある介護ベッド上でさまようマジシャンこと猫のこうちゃんを指して、あたりまえの夫婦の会話「ふとんのトンネルを作ってやれよ」。わが家の魔術師は、隠れ家のようなものが大好きなので、部屋中が殺気どころか笑いに包まれるのだ。

◆はい、ことごとにカワユイとひとの心を暖かく包む完成度を極めた猫にくらべ、それに相応しいやさしい人がまわりには余り見当たらない。

◆過日、天皇、皇后両陛下がご結婚50年を迎えられた。理想的なご夫妻のお姿をテレビで拝見した妻(副編集長)が「わたし達も金婚式まで後7年、『ねこ新聞』をつづけたいわネ」といったが、私はだまっていた。

◆しばらくして妻は「復刊してやっと8年、後7年もこんな大変な『ねこ新聞』づくり、体もお金も続かないわよネ〜」とこんどは猫語で猫たちに語りかけていた。

(猫生)

【2009年5月号】


 世の荒波にのみ込まれないよう 『ねこ新聞』歴史が移ろい。心が移ろう。
とかく春には狂うともいわれるが・・・

◆猫とともに、薫風にふかれ文学散歩しながら、風雪に耐えあたたかい春を待つ「ねこ新聞・文学」の心に響くそれは、どこにあるのだろうか、“心の風土”にあるのだろうか……、と見上げると、木々には、そのつぼみが大きく膨らみ、彩りも豊かに花をつけるようすがあちこちに見える。

◆折りしも、作家堀辰雄の「愉しいほど期待に充ちた別れ」の一節も浮んできた。

◆私が車椅子になった後、『ねこ新聞』復刊の契機に追い風をくれた大新聞M社との企画提携が今月で終了する。

◆復刊時から8年間、毎月「企画特集」という形で紙面を提供、『ねこ新聞』の転載版を掲載してくださり今日に至りました。発行を継続できたのもM社に負うところ大と心より感謝申し上げたい。

 世の荒波にのみ込まれないよう『ねこ新聞』の愛読者皆様には、より一層のご支援をお願い申し上げます。

(猫生)

【2009年4月号】

◆今日はリハビリへいってきた。勢い周りの 老人達の話題は酔眼朦朧大臣事件に集中していた。"あの恥知らず。とか税金ドロボーよ"とか瞬間風速に飛ばされそうになりながら、ほうほうの体で帰ってきた。

◆春風駘蕩風情なわが猫さまにご説をうかがってみた。
子曰く。:酒は本来神に捧げる聖なるものだ。かっては〔斗酒なお辞せず〕という猛者(もさ)がおれば、"ざくろの花が火の燃えるように赤く咲く"と田舎教師の作家田山花袋は美しく表現しておったが、人間政治家諸氏は、われわれ――ねこ族のように――威風堂々哲学を身に付けるべしじゃ。

◆閑話休題◆
 朗報来電。カナダ・トロント公共図書館の世界最大児童書収蔵誇るオズボーン・コレクション(『ねこ新聞』2002年5月号に掲載、その後コレクションから初版本を中心に稀本を2007年3月号までに28回連載くださった)司書の梶原由佳さんに表紙画集『ねこは猫の夢を見る』を贈った。

 画集は当然西洋の文化として定着いているだろうが、海外展開を望んでいる私は、延長上、世界に類のない猫をテーマとする"画集と詩"とのコラボレーションのドラマティックな西洋人の感動度をチェックしてもらおうと思ったが;予想通りかそれ以上の朗報がきました。

・・・一部挿入・・・

 実は、本日さきほどニューヨークから戻ってきました。わずか6日間の滞在でしたが、図書館と美術館を巡りました。どのギフトショプにも猫とアートの本が置いてありましたが、題材が古い!。17世紀19世紀の絵画に描かれた猫といったところです。現代作家の絵&詩というのは、とりわけ日本の作家の本となると見当たらなかったです。そうすると『ねこは猫の夢を見る』のように現代作家の絵&詩というのは、とりわけ日本作家の作品というのは盲点かもしれません。一部を英訳されて海外へとはすばらしい発想だと思います。猫好きさん対象のみではなくartistのコミュニテイーにも知られて欲しいです。

従って、われわれと「ねこの夢」に託し@部分翻訳作業、あるいはA海外展開に知恵・協力してくださるボランテイアー精神あふれる読者諸氏"この指とまれ"。至急募集したく思います。

(猫生)

【2009年3月号】

◆世界に不況風が吹き荒れ失業者が列をなし、わが国では心ない人々が金を求め老人たちをだます等索漠たる風景が延々と広がってゆくなかに、信念に燃え「チェンジ・変化」を唱える史上初の黒人バラク・オバマ米大統領が誕生した。

◆私には、オドロイタことには、五十数年前のナイーブな少年時代の記憶が突然浮んできた。
―何か不思議すら感じる―

◆外国人の多い異風な風が吹く神戸に生まれ育った私は、洋書古本屋巡りが趣味となり、当時アメリカの大作家アースキン・コ−ルドウエルの入手可能な黒人を描く英文作品を読破し、黒人の哀切に涙する少年になっていた。まさかあの当時、誰がアメリカ黒人大統領の誕生を予想しただろうか。

◆私の69歳の誕生日1月20日が、世界にあらゆる変化を唱え、そして世界の期待感膨らむ米国大統領就任式にあたったのだ。とても一人の黒人が大統領になったという驚きより、親友のいやそれ以上の感動と心の鼓動が止まらない。

◆その内、〈再生の時代を責任の時代〉と結び誓った彼と、私の少年譜か猫文学譜でも語りに行くこともあろうか・・・・・・!?                 

◆ユメ多き少年時代に夢中で読んだ・・・・・・腹をすかし豚小屋へ入った事件をきっかけに、銃片手の白人達に追われた黒人が森深くに逃げ込み、木に登り潜み、昇る太陽に祈っていたという・・・・・・Erskine Caldwellの名作『 Kneel to the Rising Sun』(太陽に跪く)を読み返してみる。

(猫生)

【2009年2月号】

連載『平成お猫様』版画(奇媼拜猫図(きおうはいびょうず))について

◆2004年1月号以来長期連載に至った3頁の『平成お猫様』、その題字下イラスト「奇媼拜猫図」について、今ひとたび『平成お猫様』題字下の版画にまつわる逸話をお話いたします。

◆大正から昭和にかけ童画・版画をはじめ多彩に活躍した武井武雄は私家版、版画入り小説『お猫様』を残した。その中の一つが、この「奇媼拜猫図」とともに綴られた、こんな不思議な物語なのです・・・・・。

◆大正初期の護国寺山門から江戸川橋をつなぐ音羽通りは人影少なく、時々風だけが通り抜ける妙に不気味な門前街であり、彼にとって気に入りの散歩道であった。

 その一角に硝子障子を黄ばむにまかせた、とても東京の屋根の下とも思えないところに瀬戸物店があり、引き込まれるように中に入った。 そこで彼がみたものは、世にも稀な光景であった。

 そこのお婆さんと談話中、虎猫がのそりと二階へ入ってきた。するとお婆さんは電気に打たれたように居住まいを正し、端然と三つ指を突き「お帰りなさいませ」と慇懃(いんぎん)を極めてお辞儀をしたのである。ある日、この「お猫様」がイワシを食わえて逃げようとするのを、使用人の少女が火箸でたたいたが、それを見咎められ、お婆さんに薪ざっぽうでひどくたたかれていた。

 このネコはお婆さんの「お猫様」であった。

 ただの虎猫がなぜお婆さんの神様になったのか。大盡(だいじん)屋敷に生まれながら、奉公人と駆け落ちし・・・・・・痛む傷口を抉るように思い、彼は謎解きを諦めた。

 その猫はお婆さんの葬式の日に忽然と姿を消し、その後帰ってこなかったという・・・・・・。

◆このような秘話を入れた物語と究極の版画「奇媼拜猫図」がひと時も忘れられず私の胸深くに長く沈潜しておりました。

◆『ねこ新聞』創刊時よりいつか取り上げたいと思いつづけ、二○○四年一月号紙面改造の折に、ご遺族をお訪ねし、直接快諾をいただき、『平成お猫様』として題字まわりに使用させていただき現在に至っています。

(猫生)

【2008年12月号】

◆アメリカ発の国際金融危機で世界同時不況。人間どもは、昨今は、眠れぬ夜を続けている人もいるようだが、もとよりそういう能力も関心もないわたしは、今しずかに音楽的でやさしいスコットランド猫のフォークロア(伝承文学)や『ねこ新聞』が掲載されたニューヨークタイムズ国際版のヘラルドトリビューン紙等を読み返し、100号までの道のりに想いを馳せている昨日今日である。

ネズミ:奥さま 奥さま なにしてる
猫  :使い古しのボロをつむぎ直してる
ネズミ:それはいつまでも もちますように
    いつまでも もちますように
猫  :ボロになったら また直して使うんだ
    また直して使うんだ

『猫のフォークロア』(誠文堂新光社)より                              (猫生)

【2008年11月号】

◆車椅子のわたしは、当然北京パラリンピックの金メダリストのその道程に注目しながらインタビューを聞いていた。

◆平素、わたしの人生訓『窮せざれば、通ぜず』言い換えれば、「苦しかったから頑張れた」と選手たちに言われて、文字通り私もこれまでマヒする半身に走る断末魔の激痛に打ちのめされながら、猫と愛情を溶け合わせつつ100号にまで到達した。

◆その財産から、初のエッセイ集『猫は魔術師』が発刊されることになり、「猫の霊力」を実感している。

 (猫生)

【2008年10月号】

◆八月の世界は、オリンピック一色に染まり浮き足立っていたようですが、うちのパパの修験道に入るような苦労を見てきているわたし達のもうひとつのオリンピック。お話してもいいかな。

◆エヘン!「猫のオリンピック」と世界最大のニューヨークタイムズ紙国際版『HERALD TRIBUNE』(2008年8月4日付)に、『ねこ新聞』のわたし達二匹と、パパとママの一家総出のカラー写真入りで、ビックリするような大きな記事が載り、金メダルを受けてしまったようで、みんな大喜びでした。

 (タルホとコーちゃんより

【2008年9月号】

◆この世、何が何んだか判らない時代にみななってしまった。茫然自失の二人の中学生が現れた。さて次の「新人類の誕生は」と猫にうかがいたくなる……。

◆わが100号では……マスコミ報道で小さい〈町の有名人編集長〉をつくりあげられたようだ。

◆東京電力の検査員のおじさん、開口やにわに、「表札に『ねこ新聞』とありますが、こちらはあの有名な『ねこ新聞』の原口さんのお宅ですか。ねこ好きな妻と新聞を見ました」ときた。近所の焼き鳥屋の親爺さん、数度しか買ってないのに道で妻の顔をみるなり、「新聞に出てましたね。見ましたょ。スゴイデスネ」には、腹を抱えて笑ってしまった。

 (猫生)

【2008年8月号】

現代行き場を失った魂と、それらを癒そうと取り組む、版画家・宇田川民生作『名曲を名器で奏でる猫』(本紙4ページ掲載)について

◆ヴァイオリンは、あるいは英語でフィドル(FIDDLE)ともいい、世界の名器−「ストラディヴァリウス」を指すのである。(参考『ROGETS'T THESAURUS』)〈言葉探しの日本語大シソーラス〉……そのこころは、今ここで改めて説明するのも野暮だが、猫ちゃんは可愛いがれば可愛がるほどいよいよ食べてしまいたい位、可愛くなってゆくでしょう。猫が秘めた「名器で名曲を奏でる天才猫にはなる」という粋な現代のおとぎ話。

◆宇田川民生さんの音楽シリーズ版画(はがきサイズ)は現在15点あります。希望者は直接お申込みください。
電話048-958-7807 HP:露草庵

◆秋葉原通り魔殺人事件の青年は失意の末、コンピューターの密室で孤独の底に沈み凶行に走ったという。また、野良猫に餌をやっていたひとの殺人事件。

◆何れのひと達にも「天才猫」の演奏を聴かせてみたいものだった。嗚呼。 

◆100号記念号のお礼 記念号発行後、多くの読者や知人からお祝いのメッセージやお心尽くしの品々をお贈りいただき、感謝申し上げると共に身の引き締まる思いです。
ありがとうございました。

 (猫生)

【2008年7月号】

猫のお腹やペンギンから
今「温暖化問題化」を考える


◆南極の氷河が崩れてゆきペンギンが逃げ場を探しているとか、世界中で温暖化問題はかまびすしい。

◆朝晩の気温の異常変化に敏感に反応し…わたしの横のベッドで寝ている二媚態。恥じらいもなくお腹を丸出しにハアハアと寝ている猫のお腹の呼吸を横目で見ながら、昨今の気候の変容ぶりには、「もうこの問題は鈍感な人間では及ばないらしいな」と猫たちのささやく声が聞こえてくるようだ。

◆ぎすぎすしい時代だから、せめて猫の姿でもみて、猫のようなわが国のふくらみのある詩文固有文化を産み出す「気配」とか「空気感」を持つ余裕をも持ちたいと思う。

 (猫生)

【2008年6月号】

「呱々の声を上げて100号」の御礼


猫文学という名の世界にも無類の、人が足を踏み入れたことがない境地で、わがマイスター魂が刺激され――。

 深く前が見えず、孤独で怖さもある神秘的な森の中の旅人になり……迷いあまたの抱えた病に堪え泣きながら「経済本位ではなくアート優先主義」の前に辛苦に堪え、そのうち神風だって吹くさ……と広告ナシ貫徹。

 私の「窮せざれば通せず」とする"哲学"が頭をもたげ、「人と猫とが織りなすほの温かい人生模様」の滋味に惹かれ、もがき苦しみながら、未到の道なき道を先へ先へと奥深く歩いているうちに館をなす100号のマイルストーンに至りました。

 この記念号の表紙の巻頭文をエッセイストクラブ会長の村尾清一さまにご寄稿いただき、両雄立つように、関野洋作氏(2008年1月号表紙画)が、世界的版画家・父上の関野準一郎氏の版画作品「猫と少女」をお貸しくださった。その刷り番号(ED)が100/100。ご子息の洋作氏もそれには気付かずにお送りくださったとか。50年以上も前のすばらしいモダンな作品が100号記念号に合わせたような偶然、文字通り神さびることだ。

 『ねこ新聞』には、どこかで神の手が祝福してくれているのかと感涙した。

 関野準一郎氏の遺した「輪廻転生」という短い詩が印象深い。


 大地は母だ。死ぬことのない母だ。
 世界は君の足の下に生きている。
 二十億光年も。
 若い人、苦しい人、さまよえる小羊、失意時々、よき人との邂逅。
 老人−−よきワインの如くまろやかな人間。
 この土の上に次々に生れてくる人間、波、波、波、白い顔、黄色い顔、黒い顔、皆、異う顔、……。
 生命の樹、ここにも、かしこにも、海の向こうの遠い国々にも。足が動く限りは訪ねたい。


 これまで応援くださった読者のみなさま、見守ってくれるねこ達に心から感謝を申し上げたい。これからも余命を掛け妻と二人三脚、『ねこ新聞』を創り続けるつもりです。

 購読者拡大に向け今一層のご支援をお願い申しあげます。

 『ねこ新聞』編集長 原口緑郎

【2008年5月号】

館をなそうとする100号に向かう折……

◆3月11日に打ち上げられ、無事に帰還した米スペースシャトル「エンデバー」。私はNASAの正式な招待を受けながら、現地での発射見学は断念せざるを得なかった。

◆日本人宇宙飛行士土井隆雄氏よる日本初の有人宇宙施設「きぼう」の取り付け成功に、我がことのように感激した。
有人拠点からの歓びの声"日本にとって新しい、すばらしい宇宙時代の幕開けです。皆さん。おめでとうございます"を読者の皆様とともに悦びたい。

◆その間、わが紙の「独創性」が……。
2005年2月12日付け ヘラルド・トリビューン紙(ニューヨーク・タイムズ社発行)に書かれた『ねこ新聞』の英文記事が、フランスの映画監督の目に留まり、ドキュメンタリー映画『人間の鏡としての猫』を主題とする取材の申込みがフランスから入った。
ヨーロッパ文化テレビチャンネル「Arte(アルテ)」で映画監督、大学教授でもあり、「猫と人間の遺伝を配合したら、人間はもっとよくなるだろうが猫は退廃するだろう」(マーク・トウエイン)と固く信じる女流監督である。
前記の主題、すなわち「猫と人間の関わりと現代社会について何を反映しているのか」にフオーカスしたいと先日、日本側取材企画担当者のフランス人が来社された。

◆文字通りわが意を得たりだ。"新しい猫の幕開け"だ。

 (猫生)

【2008年4月号】

◆100号を目前に、「人間社会」を改めて考えさせられてしまった。眼にも耳にも、餃子のように口からまで飛び込んでくるのは暗く天を仰ぐ話ばかりだ。

◆その点、猫は可愛い。カワイイかわいい。猫は黙って座っているだけでもかわいい可愛いとわが家の猫たちはいわれている。私など、ベッドに乗ってきてゴロンと甘えてくれるだけでヨダレを流さんばかりにメロメロである。あなたの猫もそうでしょう。パソコンキーボードを走って原稿をガタガタしてしまうことだってあるけれどもね。

◆猫のふしぎな「霊力」については、昨春出した拙著『吾輩のご主人―天才は猫につくられる』(河出書房新社)で正岡子規門下の歌人伊藤左千夫の歌などを紹介しているのでご参照ください。

「猫の頭撫でて我が居る世の中のいがみいさかひよそに我が居る」

 (猫生)

【2008年3月号】

◆100号を目前に、やがてそれは初志の通り燎原の火のように『猫文学紙館』の建立かなと口先に乗せはじめた矢先に、「ねこ新聞では珍しいねこ文学が読め楽しい」というお便りが雪風に乗ってくるようになり、さらに思いがけず読者である放送大学・発達と教育専攻岡庸子さんから『ねこ新聞』を毎月読むうちに、「作家や画家など創作芸術に携わる人には猫好きが多いことを知り、猫を飼っていた作家には自殺者がいないことにも気がつく。(後略)……」と研究をはじめられ、『漱石と芥川龍之介』――その文学と死の形態との関連で考察――という立派な論文を参考までと送っていただき、編集長冥利につきる。

◆相変わらず閉塞感が蔓延し金と殺人が飛び交う暗い昨今、今月号紙中の名エッセイスト熊井明子さんの文中に、輝く猫の救いと光をみました。

◆少女雑誌『ジュニアそれいゆ』で活躍され昨年七十四歳で逝かれた内藤ルネさんと親交を交わした素顔のお二人の"まなざし"に涙したのです。……文中より『猫を愛し信頼するように、人間に接していたルネさんは、晩年に詐欺の被害を受け財産の殆どを失った。「ひどい目にあったの。くわしく話すと、明子さんの耳がけがれるから、また、いつかね…」結局、直接お聞きすることはなかった。いやなことより、美しい人間、愛らしい猫、めずらしい物のことを、まず語るルネさ んだった……』と。

 (猫生)

【2008年2月号】

◆蝉の中身はなくて外側の包みだけ残ったもののことを、「蝉のぬけがら」という表現があるが、わたしはみるみる食欲がなくなり、精根尽き果て、生きる元気もなくなった……。 身体(からだ)も魂もつきたのかと感じるようになっていった。 結婚41年記念日・11月25日の早朝、気分が悪くなり、大量の血を吐き真っ黒な便をだし救急車で入院しました。 胃潰瘍でした。10日くらい入院して胃潰瘍の治療を受け退院。

◆妻は「なぜ私が胃潰瘍にならなくて貴方なの? 私のほうが苦労していると思うのに。貴方って意外と繊細なのね」と言うので、「繊細くらいでないと文章は書けない」と言ってやった。

◆現在、内外前人未到の『猫文学紙』100号の発表を準備しており。

 (猫生)

【2008年1月号】

あけましておめでとうございます。

◆今年の6月には『ねこ新聞』100号の刊行達成の予定です。 内外に軍靴の足音が高く聞こえて来る中、 1994年に呱々の声を上げみなさまに後押しをいただきながらそのストーリーは、数奇の病が重なり血涙を流しながら苦しい連続の日々でした。

◆根っからの平和主義者〈富国強猫−猫がゆっくりと眠りながら暮らせる国は心が富む国という〉のわたしは、世界前人未到の最高峰「猫文学新聞」を登頂した気分になっております。

◆昨年は拙著『吾輩のご主人』(河出書房新社)を発刊し、米国NASAからスペースシャトルの打ち上げ見学への正式招待状をいただき良き年でした。
本年もよろしくご支援ください。

◆閑話休題。 昨年晩秋…妻温泉へ。わたしははからずも骨休めに羽田近くの新設の文字通り、「未来型福祉施設」へショートステイに行く羽目になった。建物へのアプローチ界隈を車で走りながら、〈未来の福祉経営者の顔〉が見えるようでだんだん驚かされていった……。
すなわち、東京の大田区・羽田空港近くの工場群の隣接地に対極だろう「こころを癒す」福祉施設を建てるというその大胆な立地には経営者の慧眼(けいがん)が光っているようだった。

 編集長 原口緑郎  (猫生)

【2007年12月号】

十二月編集後記最新版
『わが至誠NASAに通ず』 スペースシャトルSTS−123(1J/A)
打上げ・着陸見学のご招待

◆さる10月7日、ヒョッコリ、宇宙航空研究開発機構・有人宇宙技術部(アメリカNASAケネディー宇宙センター)から編集長の私宛に「私たちSTS−123クルーは、このアメリカに於いて最も素晴らしい業績の一つである宇宙計画に、皆様をご招待できることを大変光栄に思います。エンデバーの打上げが、皆様にとって良き冬のイベントになりますよう心より願っております」と打上げ・着陸見学の招待状が届いた。

◆2008年2月14日打ち上げ予定の米ス ペースシャトル「エンデバー」に日本人宇宙飛行士土井隆雄氏が搭乗する。日本初の有人宇宙実験棟となる「きぼう」の組み立てを担当するという。

◆夫人の土井ひとみさんに『ねこ新聞』2004年2月号で「星の子ネコ」を寄稿頂き、それ以来当紙をお贈りしていたことから、今回の『見学招待状』につながりまったく仰天した。

◆ところで10月号の表紙画を今一度ご覧いただきたい。藤岡しんたろう氏の「星のお話」です。 夜空の美しさと宇宙への夢のような作風に惹かれ、当紙では珍しいメルヘンな表紙画だが10月号か11月号かと思案の末10月号の表紙に掲載したもの。読者の方々に発送して数日後この招待状が届いたというわけです。

◆なんという夢のようなすばらしい偶然なできごとだろうか。 ご招待は、自前での現地フロリダ集合なので私の体調や諸般の状況もあり…打上げ見学は断念せざるを得ないが、『ねこ新聞』の夢や想いが宇宙にまで届いたような気がし感極まりました。

◆続いて表紙画家・藤岡しんたろう氏から 次のようなFAXが入った。

表紙画の下の詩との組み合わせがピッタリでとても気に入り、表紙を光にかざして見ていたら裏(2頁)のネコが「空の窓」からのぞいていて作品の中の女の子がそのネコに手をふっているように見えます。虹がネコにかかり「手品みたいな『ねこ新聞』」と感激しました。

とあった。もうすでに『ねこ新聞』の猫たちは宇宙に行っているようだ。


どうして俺は今までこの高い空をみなかったのだろう?今やっとこれに気がついたのは、じつになんという幸運だろう。そうだ! この無限の空以外のものは、みんなくう空だ、みんな偽りだ。 トルストイ『戦争と平和』より

(猫生)

【2007年11月号】

こぼれ話

『ねこ新聞』の"ざしきわらし"

◆NHKの朝の連続ドラマ「どんど晴れ」が好評のうちに先日終了しました。

◆岩手県の180年つづく老舗旅館を舞台に、ヒロインの若女将修業と外資系企業の乗っ取りの画策に、旅館が大切にしているモットー「おもてなしの心」に感動したお客様や周りの人達に助けられ家族が力を合わせ、無事に乗りきるという物語です。

◆毎朝、主人(編集長)と楽しみに見ていましたが、終盤のクライマックスを見ながら「『ねこ新聞』も同じことね。読者の方々と「猫のご縁」を通し「心の交流」を大切に本物志向精神を忘れず一生懸命新聞をつくっていれば、何が起ころうともきっと周りの方々が助けてくださる、奇跡はきっと起きるのですね」とわが社に置き換え二人して語り合い涙した。

◆昨年10月に『ねこ新聞』にもこんなことがありました。 インターネット上の「ボーガスニュース」というサイトにこんな記事が書かれたのです。―― インプレスが「月刊ねこ新聞」買収・シナジー効果めざす IT関連出版社大手のインプレスホールディングス(本社:東京)は11日、ねこ愛好家に根強い人気を誇る「月刊ねこ新聞」の出版元である有限会社猫新聞社を買収することを明らかにした。取得金額はねこ缶1年分。買収後も社名や出版物のブランド名はそのままとなる予定。従業員2人と4匹の雇用も持続する。(後略)

◆この記事を読み、ブラックユーモアとはいえ、はじめビックリしかしドッキリ。つづいて大笑いしたことがありましたので、「どんど晴れ」を見て、規模の大小、置かれた環境など違いはあるけれど、貫く精神は同じこと。他人ごととも思えず、やはり「まごころは天に通じる」と感じ入りました。

◆物語では伏線に『遠野物語』にも語られる幸運を呼ぶといわれる"ざしきわらし"が登場しました。 さしずめ『ねこ新聞』の"ざしきわらし"は愛猫、タルホかコウちゃんでしょうか。

(副編 美智代)


◎今月はパパの虫のいどころが悪く、代わりにママのおはなしです。パパの体調が悪くなったのではないのでゴアンシンください。 (コウちゃんより)

【2007年10月号】

平成吟遊詩人

◆『ねこ新聞』が復刊した当時、コンピュータエンジニアで朝に夕に助けてくれた、脇谷じゅんじ君が二足のわらじを脱ぎ念願のアフリカ太鼓奏者として活躍をはじめた。

◆本棚の中から顔をのぞく星新一、井伏鱒二、哲学者梅原猛、禅の大哲人鈴木大拙、三島由紀夫、英国の大作家ジョージ・オーウェル、中国からは大詩人魯迅。中世からは『お伽草紙』の猫とねずみ等マカフシギな顔ぶれの集まる我輩の漆黒の構想密室で、研ぎ澄まされたドラム・わきたにじゅんじとピアノ・佐藤金之助、ベース・重廣誠らの余情ある美しい世にも稀な太古の『神々の儀式』のような演奏を浴びるように聴き深く沈んだ。

◆…それは筋たてのない一種熱病に冒されたような即興演奏は、比類なく切れ味美しく狂気乱舞に至り…わたしは引き込まれ息を詰め身じろぎせず聴いてしまった。そのうちに…ひそかに微妙に陰影のある虫の羽音が聴こえてきたり、やがて、胸に「生命(いのち)の声」が響きはじめ、魂たちが密室に漂いはじめ、そのひとつは「私の骨の髄に棲み始めワタシの痛みを鎮め」思わず唸った。私は感極まり、そして考えた。「脇谷らは音楽家であると同時に現代の吟遊詩人だ」と。

◆また一人『ねこ新聞』の子供が大空に羽ばたいた。

(猫生)

【2007年9月号】

遅れてきた大物・魂の画家島村洋二郎

◆彼がスペインからパリへ出てきた頃であった。ランプの油が買えなくて、屋根裏部屋で蝋燭の灯で売れない絵を描いていたといわれた若い頃であった。―それは瑞々しい叙情的絵画群『自画像』『青い街角』『青い食卓』などいずれも人間世界の悲しみに立ち尽くすひとたちを描いたといわれた時代の貧乏画家パブロ・ピカソ。

◆ピカソが人間世界の哀しみを表現した『青の時代』と、画集から見る傑出した島村洋二郎の深い哀しみを包み悶える『青』が音をして交叉する。二人の天才の「魂」が時流を超え歴史的な邂逅をしているようだ。

◆「最近の絵はどれも良くない。絵描きがあまりお金に困らなくなったから。いつも同じような絵ばかり描いている。親しかった貧窮の長谷川利行(はせがわ・としゆき)のような絵描きはいませんね。絵は貧しい時代ほどいい絵が生まれます」。画聖・熊谷守一はこのようにも表現していることを思い返してください。

◆若くして失意の内に肺結核で逝った島村氏は『ねこ新聞』で不思議なめぐり合わせをしている。

◆読者の島村直子さんから伯父の作品と送られてきた写真に強く心を動かされ、すぐ作品を拝見し急遽彼岸月の9月号に採用した。偶然選んだ、表紙下の詩人高橋新吉氏とは、資生堂での「筵上会」展に共に出品しており、『ねこ新聞』紙上で60年の時を経て再会した。また島村氏は大森馬込に一時下宿をしていたとあり、旧地番を調べたところ現地番は何と当紙と同じ南馬込一丁目であった。そして最後まで、「絵をかきたい」といい続け亡くなったという病院は、私がリハビリでお世話になった印刷局東京病院であった。やはりこの世界は魂がどこかでつながっているのだろうか。

(猫生)


*島村氏の精神性に関心があれば、宇佐見英治編『恋の絵画/島村洋二郎画集』(用美社)。宇佐見英治著『芸術家の眼』(筑摩書房)(再録)

*長谷川は洋画家で、貧窮無類の表現主義的な奔放な筆致で下町や人物を描き、画壇の時流に乗らなかった。しかし人気はあった。

【2007年8月号】

美しい国ではなく信用できる国を

◆蒸し暑いたまの日曜日朝にはNHKの『小さな旅』のようなゆったりとした時が流れるしずかな番組の内に包まれたくて、無造作にテレビをつけたつもりが…たちまちウルサイ夏祭りの神社のお化け小屋のような、「エーいらっしゃいいらっしゃい」と呼び込む"奇奇怪怪話"に打たれてしまった。

◆こんな説もあったけ。 過日、『美しい国でなくとも信用できる国をつくってほしいわあ!』と叫んだ普通のおばさんの重い名言を思い出し噴き出してしまったっけ。

◆その名言には…横でうたた寝していた猫たちからも、思わず「ニァ」という声を出して笑う、気だるい酷暑の昼下がりだ。

(猫生)

【2007年7月号】

わが国の光と翳

ままならぬのは不穏な気候だけではなさそうだ。思いつくままに、わが国をとり包む光と翳を記してみたい。

◆わが国では、恰も有識者『教育再生会議』が開かれていた直後、嗤うように17歳の高校生が、殺した母親の首を抱え警察に自首した。何故と理由を問われた彼は冷徹に、「別に?!」と答えたという。 『教育論会議』面々の気色は存じませんが……。

◆若い人といえば、私は週3回、在宅入浴サービスを受けているがこのような仕事をよく選んでくれたと頭が下がり、若い介護福祉士にはいつも関心がある。ところが一〜二年ほどで辞めてしまうひとが多い。最近の新聞報道にもあるが、病人や障害者に休みはないので、労働時間が多い上に休日もまともに取れず、その上賃金が安いのが理由らしい。世界最大の老人社会に達したわが国にとって、真面目で意欲的な青年たちに途中で意欲を失わせる制度には、まったくもってモッタイナイと思うのである。

◆ところで、夏場所に光るのはケレンミなく闘う奄美半島出身小兵関取「里山」。彼は父親指導下「真っ向押し取り口」が目立つ。私好みのその取り口と私の真っ向取り口人生を重ねているのです。ゴッツアン。

◆わが家では昨晩、兄貴猫のタルホが嬉しげにくわえてきた一匹の野鼠で、妻の悲鳴と妹猫コウちゃんとの興奮で上へ下への大騒ぎの「光の坩堝」となった深夜であった。

(猫生)

【2007年6月号】

『吾輩のご主人―天才は猫につくられる』に寄せて

◆連日殺気立つ出来事の谷間のある日のけだるい昼下り、八十代がらみの老婦人の大声が発する「あんた知ってる、300円饅頭のおじさんのこと」にみるみる大きな食欲というカタチの輪ができました。 わたしもその輪の外れのひとりでした。 特売日にはさらに100円引きとかで長蛇のひとが並ぶと聞き及び糖尿病のわたしは秘かのつもりがググッと唾を呑み込み、次の瞬間……統一地方選の前長崎市長の無念な死が脳裏を横切った。

◆また「おれ達ら、どうせ貧乏だってええのよ。命をかけてこの自然を子供たちのために守るよ」という高知県東洋町の高レベル放射性廃棄物最終処分場を撤回するという陽焼した皺だらけの猟師たちの「無告の民」の顔と叫びが聞こえ、胸を打ち魂ここにありとおもった。

◆わが東京・蒲田商店街饅頭屋の心意気ぞよろし。わが哲学派ねこたちは春風駘蕩の態。「富国強猫」だって。

◆みなさまその真意は富国強兵から来たのですヨ。 エヘン!

発売中 編集長(猫生)の初の単行本 『吾輩のご主人―天才は猫につくられる』
著者 原口腰Y(猫生)
装幀 和田 誠
出版 河出書房新社
定価 1800円(税別)

(猫生)

【2007年5月号】

『吾輩のご主人―天才は猫につくられる』に寄せて

◆「われ生きるにあらず、キリストわが内に在りて生きるなり」といっていたというキリスト教のパウロの口をかりると「わたしの車椅子を運転する旅路は、黒い病在り血涙が流れるものであった」。

◆鋭利な刃物が半身不随の体内に棲み、無慈悲に暴れ走り回り、わたしが修験道に入り、人知を超えようとすると、やつの逆鱗に触れ、そいつはわたしに発作を起こさせ人事不省に陥れたりもするのです。

◆生理的恥じらいや惨めさやしくじりを続け「このウスノロメ」と己を罵倒してみてもはじまらない。

◆その実、「男の沽券」を失い、密かに「男の悲哀の涙」を流しながらきましたが、わたしに宿るであろう「猫の霊力」と「妻の銃後の守り」に支えられ、今回の初の単行本『吾輩のご主人―天才は猫につくられる』発刊にまでたどりつけたのです。

◆わたしたちの心の収支は…みなさまの評価を静かに待つのみでございます。  どうぞよろしく。

(猫生)

【2007年4月号】

◆6年前に『ねこ新聞』を復刊してから、折々に「愛猫家列伝」と題し、ある人物と猫との物語を書いてきた。 それが評判を呼ぶに従い、その群像を一冊の本にまとめたいと膨らんでいった。 痛む体をだましだまし2年ほどかかり、それに加筆、加章し、猫の霊力に押され、やっと一冊の本にまとまり、この5月に出版の運びとなった。

(猫生)

『吾輩のご主人 ― 天才は猫につくられる』

今日には稀になった、"ひとつの道を極めた天才的なご主人様と猫"との感動的な物語を裏面史から発掘し綴りながら、暗い事件が続き、物質主義や拝金主義が蔓延し、憂国の情がわが国に広がる中、そして国づくり、人づくりについてかまびすしい時代だからこそ、とりわけ独創的な、本のタイトルに相応しいというか達意のひと達の素顔を取り上げた。

本書に登場する[ご主人]たち 南方熊楠  稲垣足穂  岡倉天心  茂田井武  熊谷守一  春日部たすく 
               津高和一  リンカーン  シュバイツァー
  著  者  原口緑郎
  出 版 社  河出書房新社
  定価本体  1800円
  装  幀  和田 誠


【2007年3月号】

戦場の独眼か「心の開眼」か

◆風林火山の独眼・山本勘助は戦場で命を賭した。わたしは、昨年師走に白内障で両眼の手術を受けました。術後一時、又人事不省に陥り、病室では看護婦と暗闘を演じ疲れました。妻には心配をかけただろうか、年末に妻は寝込んでしまった。・・・猫たちとわたしら一連の待遇は明らかに冬空模様のように冷えていきました。しかし、わたしの眼はよく見えるようになった。

◆もとより「猫の霊力」が宿る世界にも比類のない『猫・文学紙』へ向かうわたしは、「ココロの旅路」をと改めて開眼し心に太く記したのです。

(猫生)

【2007年2月号】

寒中お見舞い申し上げます。

チベット仏教の生き神様ダライ・ラマにお言葉をいただきました。
「人類が生き残ることを希望するなら、幸福と心のバランスは不可欠な要素になります。さもなければ、わたしたちの子供たちは、不幸からくるより大きな絶望感に襲われ、短絡的な行為に走るようになるでしょう。物質的な発展が幸福と快適な生活の一因であることは、ある程度確かなことです。しかし、それだけでは十分ではありません。より深い段階の幸福を得たいなら、内面的な成長を無視することはできないのです。」

――『聞き書き ダライ・ラマの言葉』松本榮一著(日本放送出版協会)文中の「ニューヨーク・タイムズ紙」に語った言葉より

編集長 原口緑郎

【2007年1月号】

明けましておめでとうございます。

◆編集長12月3日読売新聞日曜版に登場

【2006年12月号】

◆『台風一過』と胸を撫で下ろしていたら、北朝鮮の「核実験」発表で 世界知性の制裁を巡る「白昼夢」に彷徨いはじめたとき、やおら広島原爆の悲惨、そして地獄の苦に堪えられなく泣き叫ぶさま〈阿鼻叫喚〉の人々を描く井伏鱒二の名作『黒い雨』の調べが聴こえてきた。

◆つまり、原爆の悲劇はね、生きとし生けるすべてのものに呪いのどす黒い死の雨となり降り刺さるのだョ≠ニ。

◆当時、神戸で医者をやっていた父は、被災地・広島に医療団として派遣された。何かに怯え、魂が抜けたような父の肉声で家族に語った現実が今も耳の深くに残り忘れられない。「腰Y、全身火傷でただれた群集が、悲鳴を上げおかあちゃん!と叫び夢中に競って重なって近くの川に飛び込んでいたんだよ。」その父もその後、体の不調を訴え続けた。

(猫生)

【2006年11月号】


◆風雪に堪え、猫たちを抱きながら、祈り喘ぎながら、お互い身も心も削りながら、また祈り二人の傷口をより暖かく舐め合い、みなさまに応援されながら、十一月二十五日には、とまれ結婚満四十周年を迎えます。

◆三十周年の時には医者に再起不能といわれ、静岡県の中伊豆温泉病院で迎えたことを想い返せば、隔世の感があります。

◆私は、たまに余りにうるさい妻に向かい「荊妻だ!」「荊妻だ!」と叫ぶような無粋な男でもある。バラの花にも棘があるという原口現代流喩えだ。

◆われわれのある夜の風景は、「一杯をやりながら近所の天下の餃子とメンマ≠取り寄せ、ふたりでうん旨いなうまいなと鼻を鳴らし愉しみながら夜の食堂で展開する、『ねこ新聞』編集会議の風景があり、ある意味では〈老境の同士になった〉ふたりのたどった四十年の年輪の風景だろうか。

◆また近年は、猫を加え、われわれの夜の風景は、「時計が止まったようにゆったりと滋味深く流れ、雑念を忘れるかとおもえば突然、二匹の猫の怒涛のように走り回る轟音に、空気も凍る夜もないわけではないのですよ。・・・アーア」。

(猫生)

【2006年10月号】


◆戦後六十一年、うだるような異常に暑い夏の日が続く連日連夜に眠りにおちないまま猫生はふと〔汚れを知らぬ、戦う二人の少年たちの哀歓〕を考え直してみた。

◆「ひとりの少年たちは、赤紙を恐れおののきつつも、無念にも戦場に駆り立てられた少年たち」とその家族のたどった宿命。「もうひとりの少年たちは、純粋に白球を追う甲子園の少年たちの死闘のドラマ」をみました。

◆泣きました。

◆政治家の真似して、靖国神社を軸に不毛の論争はよしておこう。横で寝ている猫にもわるいからね。(富国強猫)

◆小紙が寄稿いただく歴史家作家・半藤一利氏の近著の右におきたい決定版『日本のいちばん長い日』(文春文庫)の序文でさすがに的確なことを書いておられるので敬意を表してお借りしておこう。
「今日の日本および日本人にとって、いちばん大切なものは平衡感覚≠ノよって復元力を身につけることではないかと思う。内外情勢の変化によって、右に左に大きくゆれることはやむをえない。ただ、適当な時期に平衡をとり戻すことができるか、できないかによって、民族の、あるいは個人の運命がきまるのではあるまいか。」・・・後略。

(猫生)

【2006年9月号】

編集中記

◆大正十二年七月に出版された生方敏郎の、今は古本でもめったに手に取り読めない当時の話題作『敏郎對話 一圓札と猫』の序文で・・・〈今の批評家先生達は小説以外の文学を殆ど認めないといった様子であるが、昔の本を見ると、『論語』をはじめ、『孟子』『荘子』でも、ギリシャには哲人プラトー等も対話集がある〉・・・と彼が慨嘆しているように大正時代の―奇想天外な作品―をわが国の拝金どもの狂い咲く季節に、今月の本紙で部分転載した。

◆歯切れのよい東京弁の口語体で、大人の御伽噺のような、舌鋒するどく、猫(芸者ではありません)が一圓札を揶揄し、札も反撃する大ユーモア作品を現代の世相と重ね合わせ、笑い飛ばすのも秋風が立つ一風物詩かな。

(猫生)

【2006年8月号】

猫も呆れる鉄面皮な男三態

◆「金儲けの何が悪い!」と息巻くやな男。「社内服務規定に触れていない」と言う、ひとのよさそうな日銀の総裁。その弁解に忙しい小泉宰相。 猫の常識と人間さまの常識がかけ離れているらしいので敢えて猫からの「寸鉄」を差し上げよう。

◆はじめに、猫は金にはそれほど心をひかれることはございません。

◆法に触れなければ何をしてもよいとか、服務規程でやっていると顔色を変えて弁解がましいことはいいません。われら猫族は「本能的にいつも〈猫の分別〉を知って行動しておりますとも。猫は自尊心が強く、〈見識ゆたかな動物だ。・・・・二ャン〉」。

(猫生)

【2006年7月号】

生方と深澤とそしてうちの猫の閃きなど

『一円札と猫』という「奇想天外な風刺のきいた生方敏郎の・・・一円札と猫とが対話する」という作品を書いた大正時代の天才的ユーモア作家の他の作品を発掘しながら、その才智の深層に想いを馳せつつ今月の表紙画の作家深澤琴絵さんを考えてみた。

こりゃ超俗的で努力や理屈や計算など日常性を超え、現代人が退化してきた原始のヒラメキ≠フなす詩情豊かな美しさを表現する魅力だ。それが芸術の精髄なのかと確認させられている。

(猫生)

【2006年6月号】

猫からの「引越し祝い」

猫たちが集会を開くという話は知っているし、最近、都会の庭先に狸も出没するとニュースで聞いた。

世が世ならひとさわがせな闖入者がいるものだと怒るところだが、みょうに納得してしまった。

引越しの三日前、わが『ねこ新聞』新居の天井裏に工事の隙に通気穴から入り込み、その穴をふさがれてしまった先住者がいるとは……ね。

戦後の実家の天井では[鼠を]追っかける大活劇が展開するのが日常茶飯事であったから、その程度の事件は慌てないと言いたいところだが、威嚇する二階のねこ達の気配で気づいたが二日ほど居たらしい。

お土産の匂いが出て騒ぎを大きくした。結局お出ましいただき、天井に新たに点検口をつくり始末した。"運"が輪をかけたという話だ。先住者が移転先では飼えぬので泣く泣く置いていった野良らしい。

引越しの翌日、その猫が家内をじっと観察していたという。


引越しから新居の異様な気配に怯え、泣き続けるタルホをみて困ってしまった。しかし、翌日にはタルホが外に飛び出し大騒ぎはしたが、主人の騒ぎはよそに、呼び叫びしているうちに、周りを散策して帰ってきた。けろっとして安心して寝ている。かわいいものです。 ここは前が公園でもあり、野良猫が多いそうだ。 二階には竜巻チャンたちもいるし(りゅうチャンとまきチャン)、これからの幕の展開が期待される……。

(猫生)

【2006年5月号】

◆わが小紙は、創刊時から誇り高く富国強猫≠ニいう看板(題字下)を掲げてきたが、心は金で買える≠ニいう苦々しいあの男の新説が流布され、にわかに我が国に暗雲が垂れ込めてきた。

◆せめて毒気をすすぎ、そして次の名著を味読してみてください。
・江戸時代中心に、日本にいた欧米人が日本人の心を投影する遺したことば―垂涎の書といわれたものを普及版としてペーパーバックになった『逝きし世の面影』(平凡社)。
・当時の横浜から新橋行きの汽車の窓から大森貝塚を発見したあの米国・動物学者E・Sモース著である『日本その日その日』(平凡社・東洋文庫)―わが国を好奇心で歩いて観たことを感動と感激をもち、心の機微を中心に、日本と日本人観を日記風に三冊にまとめたもの。左記にほんのその一部を紹介する
「・・・、これらの種種雑多な活動と混雑した町町とを支配するものは、「優雅」、「丁重」、「生まれついたよい行儀の雰囲気」である。・・・。」

◆明治の民衆がもっていたという日本人の心やデリカシー≠ネどを、荒廃する現代のそれとを重ね合わせてみるのも一興だろう。

(猫生)

【2006年4月号】

わが家のねこの皇室典範の場合

◆「皇室の典範」のことがかまびすしい。わが家の野良上がりタルホの皇室典範を今考える。 平民感覚でいうと出自は論外。あり難いほど可愛く、猫らしくて斜に構え人間さまを横目に元気で寝てばかりおり、天皇に相応くして、去勢手術を受けはやばやと皇太子と命名しており……。ええ超俗的でございますとも。

◆今月の表紙を飾って下さったそろって稟質の版画家、歌人・作家、天才啄木の心に宿ったかずかずのねこたち。その霊力(フシギ)の原型は……

◆『ねこ新聞』購読継続をして下さった読者の方々に昨年から当社制作のポストカードをお贈りしているが大変喜ばれ身に余る悦び。引き続き私が自分の趣味の贅沢で蔵書に貼りたいと以前に作った「カードラベル」をお贈りする。手持ちがなくなるまで2、3年は品物があるだろう。継続よろしくね。

(猫生)

【2006年3月号】

激痛に堪え[毎日が猫の日]

◆全国的に記録破りの寒さには病むひとも多いことだろう。わたしの激痛も勢いを増すばかりだ。

◆求道者たるものその群像を思い浮べ、また「淋しさの極みに堪て天地に寄する命をつくつくと思ふ」と詠んだ伊藤左千夫を想いつ、わが激痛をにらみつけ「このくそ!」と奮い立つ「毎日が猫の日」のわたしである。

(猫生)

【2006年2月号】

異彩を放つ『文壇落葉集』

◆暗雲垂れ込み狂気が走るわが国にも異彩を放つ文化の香り漂う話はある。

◆川端康成、横光利一ら著名文化人から東京日日新聞社(現・毎日新聞社)に送られた手紙や、ハガキ五百二十八通をまとめた文学通には涎が出そうな「文壇落葉集」が毎日新聞社から刊行された。

◆大正末から昭和10年代はじめにかけ、203人から当時の学芸部長や部員に送られた書簡をまとめたもの。谷崎潤一郎、武者小路実篤ら作家の他、清沢洌ら文筆家の名もある。

◆創作の苦悩や懐具合など肉声が聞こえてくるようだ。

(猫生)
お問い合わせ:『文壇落葉集』(毎日新聞社出版営業部03・3212・3257 定価8400円)

【2006年1月号】

指呼の間の家 明けましておめでとうございます

◆指で指して呼べば答えるほどの近い距離のことをそういうが、知人のお世話で文字通りそういう場所に古い貸家が見つかった。

◆一昨年以来の懸案であったが、思いがけず今の生活圏内(電話番号・図書館・リハビリセンター・商店街など)に、好きなように改造OK、猫好き、と願ってもない大家さんに当り改築次第、三月初旬ころ自宅兼『ねこ新聞』が引っ越すことになった。

◆うちの猫たちが探してきたとしか思えない。 心気一転。これまでにも増してご支援をよろしくお願い申し上げます。

(猫生)

【2005年12月号】

ゆっくりの向こうに文化が見えてくるのに・・・

 ある日は野球に、今日は放送局に、コンピュター操作の達人との今日の喧騒は、金儲け主義者と、見えぬ心との争いが潜むようだ。

 ご存じの通り「富国強猫」―猫がゆっくりと眠れる国はこころの富める国と主張するわが紙は、またぞろ株だのM&Aだの青年達はわが国の精神的風土のことも知らぬ「企業文化(会社が培った固有の考え方や見識)」をも無視する、わが紙の対極に棲む現代が生んだ、金を持てば何をしてもよいと錯覚するモンスターだと私は思う。

 猫生は心というか魂を一徹に、うちの愛猫タルホ皇太子と共にゆったりと考える。


 猫の頭撫でて我が居る世の中のいがみあひ いさかひよそに我が居る(伊藤左千夫)

(猫生)

【2005年11月号】
精神力のひと

◆病気に罹ろうとも肉親が最期を迎えようとも「不退の行」の行者は、中断はすなわち死を意味し、そのため自害用に短刀を懐に出発する。

◆天台宗極限の「千日回峰」(百日を一期として七年かけて比叡山の三塔十六谷を巡拝する修行)を二回満行し、生き仏になったひとの素顔を大阿闇梨・酒井雄哉師自身の手記で読み、人間の精神力にあらためて感動・驚き、新しい力を得た。(文藝春秋八月号)

(猫生)

【2005年10月号】

日本経済新聞・2005年(平成17年)8月17日(水)付け

   「文化」の部屋をニャンとノックしてみました。

(猫生)

【2005年9月号】
100年目の「猫」

◆薀蓄(うんちく)を傾けるというが、国民的文豪・夏目漱石の極致の「ロマン」と「美学」を織り込んだ『吾輩ハ猫デアル』の初版本の装丁特集≠、復刻版ではありますが、一端でも垣間見ていただけたでしょうか。

◆今月は、漱石のお孫さんの半藤末利子さんとご主人の半藤一利さんに錦上花を添えていただきました。

◆さらに、100年は夢の間だよ≠ニ、〈夢枕〉と題し、『ねこ新聞』創刊時の表紙画を担当くださった小沢良吉画伯が「原口君の健康を祝して」と記念号の表紙画を贈呈くださいました。

◆ありがとうございました。わが輩はお祭り気分に喜色満面でございます。

(猫生)

【2005年8月号】
100年目に巡り合って

◆『ねこ新聞』は11年前、夏目漱石の『吾輩は猫である』のように人間社会のさまざまな事象を軽妙かつ軽快に斬ったり、またユーモラスに、ときにあたたかく・・・と、その心にあやかりたいと創刊した。

◆『吾輩は猫である』が「ホトトギス」に書かれて100年目(初版出版も同年)にあたる今年、思いがけず・・・、念願の(文藝春秋の長い読者ですので)高名な半藤一利先生に今月号でご寄稿いただけ、おまけに漱石のお孫さんの令夫人半藤末利子さまにも九月号で原稿をいただきました。

◆わが『ねこ新聞』は、かわいい無垢な猫の寝顔を見ながら未踏の「ねこ文学の地」に立ちたいと、猫のように気ままに歩いてまいりましたが、はからずも、この不思議な巡り合わせの幸運に「猫の力」を感じます。

(猫生)

【2005年7月号】
せめて、人間らしく

◆江戸前期の上方随一の挿し絵・絵本画家竹田半兵衛という人の、浮世草子『男色寸鏡』(なんしょくかみかがみ)という書きものに、「只一首の歌にて、心もやはらぎ、感性するは、これ歌の徳也」とあるそうだ。
*感性するとは心に沁み込むの意。

◆電鉄の金儲け主義や色情狂青年も生まれる救い難い人間界を嘆く、わが家の思索的な愛猫タルホ(余る愛情と尊敬を込め、ワタシは皇太子と呼んでいる)いわく、 「歌のところを一匹のねこ≠ニ読むべし」。

(猫生)

【2005年6月号】
先見の明

◆「活字文化振興 国の責務」と題し、超党派の活字文化議員連盟がさる三月三十一日、国民の活字離れを深刻に受け止め『総合的な施策の推進により、知的な国民生活と文化の香り高い社会の形成に寄与』しようと骨子をまとめ、今国会に提出し成立を目指す方針である――と読売新聞が報道しました。

◆それを文字通り創刊以来、具体的に未踏のねこ文学を確立しようとする『ねこ新聞』としてはわが意を得たりとうれしい。

◆しかし、政治家というのはいかにも「先見性」がない、かれらがいうことは心もとないと思うのはわたし一人ではないだろう。「仏作って魂入れず」にならないよう願いたい。

(猫生)

【2005年5月号】
金で買い難いゆったりと流れる猫の時計

◆日本人の文化の風土はゆったりと猫と共に流れた。・・・ 俳人たちが猫のしぐさを粋に諧謔的に俳句を詠んだという話から漱石、百閨A現代に至る猫文学を綾なす「文化の風土」の変化について、猫生は憂いや批判を込めてそれを、心から物や金への変化だ≠ニある雑誌で断罪したことがある。先を急ぐデジタルではなくゆっくりとアナログ感覚の『ねこ新聞』を作ってきた。

◆わがスター猫のタルホのご意見を伺ってみた。猫語を知らない「ホリエモンなんて・・・」バカバカしいのかテレビから出てくる騒音に春風駘蕩、欠伸をしながら耳を抑え寝入ってしまった。

◆つむじ風に巻き込まれたフジテレビのわが紙の熱烈読者嬢は、嬉々としてフジテレビ公式ホームページ上で『ねこ新聞』のことを痒いところに手が届く≠謔、な絶賛の弁を書いてくださったのには恐れ入りうれしかった。

(猫生)

【2005年4月号】
海外への架橋を渡りました

◆朝日新聞に一月二十六日付『ねこ新聞』のことが掲載された翌日のこと。ごった返す地元の野菜・果物屋の「安売りコーナー」で、不意に店のアルバイトのおばさんから大声で、「アラ、ねこ新聞の奥さん。新聞みましたョ」と声をかけられドキッとした妻。「変な姿で歩けないワ」とそれなりのドキッがあったらしいが、新聞の威力を確認したわたし。

◆それが飛び火して、世界の日刊新聞『ヘラルド・トリビューン』(ニューヨークタイムズ編集発行)と朝日新聞が編集協力し国内向けに発行している英字新聞に、右記の記事が題字横(カラー)と24頁(モノクロ)に写真入りで転載されました。

◆〈猫王国〉の英米にも類型をみない、読ませる編集方針・・・とりわけ「斜に構え人間を見下す」と、「富国強猫」に惹かれた記者の驚きやその鼓動が伝わるような見事な格調ある筆致に世界の一流紙の力量をみるようだ。

(猫生)

【2005年3月号】
ココロよガンバレ。 空洞化した心の復興にもだえる神戸

◆人心を掌握しないお上。地震、津波と続く災害に、世界の耳目を集める中、生死や別離や商売や運命に翻弄され、あたふたしてうろたえるひとのサガ≠ェわたしには印象的で喉に小骨がささっているようでしょうがない。

◆十年前、生まれ育った故郷の阪神・淡路大震災で生家が全壊した。親友知人が無残に死んでいった。思い出の全てを奪っていった。

◆その四ヵ月後の五月、脳出血に倒れ、まさかの半身不随になったわが十年の人生をも重ね合わせ、愛猫タルホを抱きしめ真剣に、静かにひとの人生や運命を考えました。

◆そして、わが猫に「生かされる」猫人生の灯を掲げるシアワセを新たにしました。

◆猫との小さなシアワセ≠ニいう心の癒しの風を送り続けたいものだ。

(猫生)

【2005年2月号】
神話に閉じ込まれたアラファトの死と、陽だまりの家のタルホの主張

◆過日逝ったアラファトの遺影を眺めつつ、思い出して三十年位前、彼が初めて日本のマスコミに登場する際、「彼の実像をみせよう」と私が段取った『遠い国近い国』(1976年2月15日テレビ朝日放映)という大きな番組に出演した折の編集前のインタビューの元テープをききながら彼の足跡をたどり、文字通り国に一生を捧げた彼を偲びつつ、国連からわが国へ。あるいは日本人の心への、長く険しい道程に、彼に進言してきたわが青春譜と重ねながらこの筆を進めている。

◆当時は彼を「テロリストの親玉」とか極端には、彼を赤軍と思い込み、彼らの国(PLO)や彼に明るい私を「原口さんは赤軍ですか」と言った無智なバカな男さえいたことはいた。私は右寄りでも左寄りでもなく、金もないが、只、奪われた国を取り戻そうとする弱者の味方でありたかった。

◆「アブ・アンマ(アブおじさん)」と大衆に愛称で呼ばれ、大衆の心とともに命を賭した男アラファト。イスラエルあるいは米国の暗殺者網を潜り抜け居場所を刻々変え、床やソファで寝ながらベッドで寝たことはなかったようだ。  わが国のあのひとは民衆の心を読めぬ人。

◆寒くなって、過日急死した愛猫チョビちゃんの面影さえ捜していたタルホは私にしがみつき寝るのです。日が昇れば、わが布団の中で陽だまりを待ち、気がつくとちゃっかり陽だまりの中に先住民のような顔でいる。私が着替えを終え車椅子でそこを通ろうとすると「この場所はおれ個人のもの」と私有者然としてスルメのように体を伸ばし、どこうとしない。平和なのどかな光景である。可愛いと思うのである。

(猫生)

【2005年1月号】
◆「愛猫家列伝」として「猫」の画境を拓いた画家の故熊谷守一を書き終えて、聞きしに勝る破格の哲学的な稀有な人だと思った。

◆驚いた。唸った。その言葉がアッケラカンとして春風駘蕩、天真爛漫何と輝いていたことか。息苦しい時代背景のせいもあるのだろうか。ホッとしたい。孤高の人のことや絵を知りたいというひとの輪が静かに広がっているのだろう。ちなみに、地元大田区管内の図書館他で、彼の関連本の閲覧希望者のラッシュだ。

◆その仲間にこの度、究極といえる『熊谷守一の猫』(求龍堂・2800円+税)という新刊が加わった。

(猫生)

【2004年12月号】
岩手県の読者・沼田卓顕さんの非業の死と 遺してくれた「喜神」という心

◆嗚呼むごい世の中だ。脱力感が襲ってくる。それは沼田卓顕(関東山)さん七十六歳が、突然の交通事故で非業の死を遂げたられたからだ。

◆産経新聞二〇〇三年三月一日付人気コラム『産経抄』に「ねこ新聞」が取り上げられた日、直ちに読者になり新聞を手にすぐ「ねこ新聞は安岡正篤先生のお言葉=文章は喜神を含んでいないといけない。のように喜神のある新聞ですね」と電話下さった。啄木や賢治のように、文学の風が吹く岩手訛りの温厚な俳人らしい人であった。

◆十周年記念の装丁合本も、申し込まれ「合本もやはり喜神がありますね。夢中で徹夜して読みましたよ」とまた電話であった。

◆無我夢中に凍てる岩壁をよじのぼる思いの我々には、「百万の味方」のように、「天の声」とも聞こえる「喜神」で激励してくださった恩人でありました。

◆その奥義をたぐると、大思想家であり漢学者・陽明学の大家で戦後の哲学を好む歴代の宰相や財界の指導者のご意見番として隠然と存在していた故安岡正篤先生の『運命を創る』(プレジデント社)の一節にめぐり合った。・・・・・私はこういう三つののことを心がけております。第一「心中常に喜神を含むこと」(神とは深く根本的に指して言った心)第二に「心中絶えず感謝の念を含むこと」第三「常に陰徳を志す」等々。

◆今月号の、ご子息安岡正明さんの「愛猫記」をご推薦くださったのも沼田さんであった。

◆「喜神」は混迷する現代への警鐘のことでもあったのか。ご冥福を祈り上げます

(猫生)

【2004年11月号】
一念岩(ネコ)をも通す

◆NHKアーカイブスで特集番組「カメラマン・サワダの戦争―ベトナム戦争を撮ったネガは何を語るのか」を見た。

◆ベトナム戦争の最前線に立ち、迫真の『戦争の悲劇』を撮り続け世界を唸らせ、報道写真家にとり最高のピューリッツァ賞も受けながら三十四才で銃弾に倒れた日本人フリーカメラマン沢田教一さんの今年は十三回忌にあたり、彼の作品の「秘密」を検証していた。

◆ひたすら「戦争の悲劇」を伝えようとする愚直な報道写真家の信念は、自らの命を省みず、望遠レンズを嫌い極力使わず、被写体に真っ向からレンズを向けたという。

◆『ねこ新聞』の表紙の絵と詩はどちらが先にあるのかという質問を度々うけるがこの際、答えましょう。

◆[秘密]は一切ありません。はじめに、情熱や情念あり。日頃から猫の絵に注意をはらい、あるいは表紙画として良い作品をまず選び、日頃目を通している詩集から、ある程度見当をつけた詩人を、出版会社や編集者あるいは翻訳者別に、必ず隠れているという強い信念を持ち、全作品を根気よく丹念に調べてゆくと、広く知られていないが〈出番・出会いを待っていた〉ような詩とか、詩人にめぐり合うから不思議だ。

◆一念岩をも通す。これをもって《猫の力》というか《猫に作らされている》というのか。
(猫生)

【2004年10月号】
座せる闘牛士

◆ オリンピックをみながら、「参加することに意義がある」といったという近代オリンピックの父クーベルタン男爵の精神は今は昔だとおもった。個人の名誉や国威のため火花を散らし栄光に向け闘うひとびとに気圧されていたら、静かに淡々と運命を受け止めていた故大詩人安西冬衛(あんざい・ふゆえ)が浮んだ。

◆ 「てふてふが一匹韃靼海峡(間宮海峡)を渡って行った。」にあるように、〈ロシア極東の地サハリンとシベリアとの間にある激浪の海峡上を若い可憐な生命を象徴する一匹の蝶が渡って行く〉と詠み、高名だった彼は右膝関節結核で足を切断していた。彼はためらいなく自らを「座す闘牛士」といっていたという。『座せる闘牛士』という著書がある。(不二書房)

◆ 代表作に「道化師」がある大画家ジュルジュ・ルオーを彷彿させますね。≠ゥら始まった今月の表紙画をお願いした岡部文明さんは文字通り「座せる異彩のひと」である。
(猫生)

【2004年9月号】
ロシアの人間国宝ククラチョフと世界の知性と行動の超人南方熊楠

◆うちの猫ものびるようなうだる昼下がり、好奇心もありロシア大使館でのククラチョフ氏の「猫劇場・来日五周年記念パーティー」に行ってきた。

◆猫の出演もあり、ロシア人間国宝のククラチョフさん扮するピエロの表情一つで「出席者の心」を掴む秘術も見せられ、すがすがしく楽しかった。

◆思わず、わが外務省&首相官邸に向かって酔眼、アカン目をしてしまった。

◆既成概念がほころび知性も哲学も不毛といわれ、個人のスケールとパワーが望まれるこの国の現代に、世界の知性といわれてきた無類の超人が蘇った。(詳細は本紙二00二年十一月特集号『愛猫家列伝・南方熊楠』参照)

◆熊楠にとって、そこは母の胎内のように彼に影響を与えた生誕地と、活動の拠点であった「紀伊山地の霊場と参詣道」が二十一世紀初の「世界遺産」に登録された。

◆そして、先日、NHK人気番組『その時歴史が動いた』は、「世界遺産・熊野の森を守れ、百年前の奇跡の環境運動。哲人・熊楠の抵抗」と題してわが国でのエコロジーの先駆けの実像を放映した。

◆熊楠の気圧する天才ぶりに魅せられ、その素顔が浮ぶように万巻の書と時空を超え死闘した筆者としては、南方熊楠なかりせば・・・紀伊山地の「世界遺産」もなかったと思うに感慨深い。改めて清酒「南方熊楠」で一献。
(猫生)

【2004年8月号】
◆ 創刊十周年目前に愛猫チョビちゃんが急死。翌六月八日庭に埋葬し、金星に召された。(愛と美の女神「ヴィーナス」と神話にも語られる明けの明星)

◆ 思索的で会話ができる無垢の彼女は慈悲深く昼夜を問わず点景のように身近に在り、私の命運をにぎっていた。ここ一週間ばかり子供のようにオモチャで夢中に遊んでいたというのにあぁ。死の朝には誰彼構わず甘えてみせ、机に向かう私に声をかけ、・・・ほどなく前兆もなく唖然たるあっけなさで三才の短い命を閉じました。哀しい。切ない。

◆ もうおまえの面影を追うのみの日々が続きもうおれは抜け殻だ。

◆ 「生者必滅」が世の常とて、身の一部をもがれ、虚脱感と寂寞感に撃たれる・・・。

◆ 今年は気候のせいか特に体が辛い。病む極みに、わが身の身代わりになったのかとふと思うとき新たな滂沱の涙が流れる。
(猫生)

【2004年7月号】 〔ごあいさつ〕

月刊『ねこ新聞』 創刊十周年一里塚を迎えて

―妻とあらゆるひとやわが家の猫へ万感の感謝を込め、 病と前人未踏の『猫の国』に立とうという「覇気」と「熱い魂」のことなど―

 1994年7月新聞創刊と、幸い死なず九時間にもわたる手術から生きながらえた重い脳出血発病は、ほぼ同時に重なった。おまけに、情報誌でもなくいわゆる一般新聞でもなく、広告ナシ、世界にも類のない時空を超え文化・文学・歴史の百花繚乱の魂が棲むという『猫の国』へ通じる独創の一本道を独立独行き続けてくることは死中に生を求める≠謔、なものでもございました。

 死と背中合わせの苦しい車椅子の肉体の激痛と麻痺が極致に達し(6年近くの永きにわたるリハビリ休刊を招きはしましたが)2001年2月の復刊後今日に至る求道者のような霜烈な覇気と熱魂は・・・、 見えないフシギを生起し神秘な生命がわたくしの内に満ち溢れ、わたくしが昇華してゆく姿といえないこともございません。

 その間、文字通り献身的な女房(副編集長)と、復刊を見届けたかのように15日後に死んでいった19才の愛猫アラレ、ノラ出身の無垢な3匹抜きに、十年史の一片すら語れるものではございません。

 また生き甲斐になりました。喜神のある新聞ですね。読み応えある。%凵X拡がる波紋に支えられてきたことは申すまでもございません。みなさまありがとうございます。合掌
編集長 原口緑郎(猫生)

【2004年6月号】
◆ 声高に、美しく味読する『ねこ新聞』をと、可愛いねこに夢を託した半死半生の車椅子の歩みが、おかげさまで来る七月号では|リハビリ休刊が五年七ヵ月あったとはいえ|、創刊十周年を迎えます。

◆ 金があるからでもなければ、勝算があったからやったのではなく、その内、何とかなるさと風任せ、神様任せに未踏の地に向かったら〈アメリカ新大陸〉を発見し世界の史観を変えたコロンブスの心境だ。
◆ 理解者である地元の馬込図書館が『ねこ新聞』復刊号から二年分をまとめて合本を作ってくださった。世界にも類のないヨーロッパ風な『猫の合本』の粋に二度惚れした。

◆ その・・格別な感動をみなさまと共有したく、七月号では記念事業として創刊から十周年までの全五十三号を合本『予約頒布』しようと検討中。
(猫生)

【2004年5月号】
◆アラビアのロレンスを夢見ていた三十代だったが、大商社に請われ、レバノン・ベイルートから北アフリカ大型プロジェクト発掘コンサルタントとしてアルジェリアに飛び政府と交渉に入った。折りしも大地震、大統領のモスクワでの急死、社会体制の動揺・混乱等々が重なり、しばしば交渉は中断した。その間、フランスのニースへ避難し、時間潰しをしていた。

◆もっぱら街の散策と長期逗留を強いられていた。小さいホテルから突き出たテラス・レストランに座り、出入りす人模様を観察したり、海際のプロムナード(遊歩道)にあった時間貸しのイスに座りフランス娘や人妻の裸の海水浴光景に見入り、<シャガールの美術館>通いをしていた。
”思いで深い”青春譜の一頁ではある。
(猫生)

【2004年4月号】
◆レーニン博物館から飛んできたあのレーニンが〈しっかりと猫を抱く晩年の写真〉を手に想いをめぐらしていたら、間髪を入れず、朝日新聞夕刊題字下の「素粒子」の筆者である親友河谷史夫の本がきた。書評編集委員以前からの彼のファンはあちこちに隠れていることをよく知っている。斜に構え、小気味よい、スパイスが効き、さめた、そして哀しみが漂う河谷史夫を「媚薬」だと思っているに違いない。その実、愚生が朝日の夕刊だけの読者である秘密は彼を読みたいからであ〜る。・・・惜しむらくは猫との相性は不明であるが資質はある。

◆彼が書いた彼らしいひと模様をテーマにした『何度読んでもいい話―人が人と出会う運命の物語』〈亜紀書房〉という本を開いてみると、かって(葉)という筆名で「人物天気図」を書いていた斎藤信也という記者の名が鳴り響いていたといい、原文をいくつか紹介している。・・・「美人であると断定して責任を負うつもりはない。素顔が見えぬからである。」(原節子)「ハセガワカズオは、もはや固有名詞じゃない。普通名詞である。」(長谷川一夫)。

◆その(葉)にそそのかされ、愚生は、大革命家レーニンの「素顔」を書きたくなってきた。
(猫生)

【2004年3月号】
ネズミ一匹 大山鳴動す
◆ 「やだ」「まさか」と悲鳴を上げ怒ったり嘆いたりしている。「三匹も猫がいる『ねこ新聞』の事務所でネズミが出るなんて! 笑い話にもならない」等々、御託を並べてみたところではじまらない。・・・世相を映しているのだろう。当事務所の台所近くの猫戸から出入りしているらしい。「飽食時代」の猫は鼠くらいで目を輝かせるようなことはない。今時の猫はゴツイネズミにでくわせば一目散に逃げるが勝ちだそうな。ネズミにとっても同様「飽食時代」の遺物は消え・・・・、それが人間にも及んでいることには異論はないだろう。

◆ 猫もネズミも丸くなって、おたがいに敵愾心に燃えることもないらしい。もう、かってのハングリー精神でとがることも消えたとは隔世の感を深める。

◆ その後「ネズミとり粘着シート」で捕まえた。

◆ 一月号で紹介した、「スルメで泣いた」福祉介護士の木村君に同情した地元の読者からスルメが贈られました。
(猫生)

【2004年2月号】
前向きではなく後ろ向きに・・・

◆ 余命を猫に賭け・・・心身の窮(きわ)める痛苦に堪えおかげさまで、今月は『復刊三周年目の誕生月』を迎えました。

◆ 今後ともせめて、騒々しい浮世を離れ、喜神(きしん)ある猫との「別天地」のひと時をどうぞ。今年一月より紙面改造を致しました。
 春雨や猫にあくびを移さるる  可得
 猫の尾の何うれしいぞ春の夢   賢明 

◆古来から俳人や作家の心を捉えてきた猫の秘密とは。それは天性の諧謔性(かいぎゃくせい)とゆったりと動く猫時計なのだろうか。

◆われわれは先を急がず、東へ西へ時空を超え、のんびりと流れる猫時計の様々を探し求めます。せめて「日常の憂さ」を晴らしてください。
(猫生)

【2004年1月号】
消えたスルメと巨漢木村君の涙・・・

 私を風呂に入れてくれる木村清太郎君はうちのお猫様も尊敬する人気者の福祉介護士です。

 彼が通うお宅から高級剣先スルメをもらった。よだれが出そうなシロモノで久しぶりに一杯やろうと彼は楽しみにしていた。それがヌカ喜びに終わる悲劇を招くとは。

 後生大事と古新聞に二重に包み、カバンの奥深くに入れ自転車の前の荷かごに入れていた。訪問介護を終え、あのスルメの安否を確認しようと、彼は手で探ってみて青ざめた。スルメの姿はすっかり消え、目の前にはあかんベーし舌舐めずりしながら夜気に逃げてゆく2匹の猫の後姿があったそうな。「畜生め!」という彼の虚しい怒りだけが近くの森でエコーしていた。

 うちの猫族にご判断をお伺いしてみるとムム。巨漢に八つ裂きされその上、酒漬けされるスルメのはかない運命を忍び難かったんだよ。彼らは慈悲深く哲学的な連中さ。ハッハッハハ≠セとさ。
(猫生)

【2003年12月号】
暗と明

◆ いつぞや大物政治家が「ひとの命は地球より重い」とのたまったわが国では、濁世(じょくせ)を迎え、国民の命はうんと軽くなりました。政治家や役人の軽重を問うまでもない。一方、ひとに触れ読心術に優れ、賢い猫や犬や動物の重さがよりましたのではないのだろうかと・・・・・。

◆ わが紙が二ヶ月にわたり紹介した稲垣足穂の代表作の一つである『一千一秒物語』の英訳本【Taruho Inagaki One Thousand and One-Second Stories (Sun & Moon Classics Vol.139)】が九十八年に出版された。その紹介文には「稲垣足穂は谷崎潤一郎、川端康成、三島由紀夫と並ぶ二十世紀の偉大な作家である」と記され、三島由紀夫の「日本文学で真に天才と呼べるのは足穂のみ」という言葉が添えられているらしい(『大阪人』二〇〇〇年六月号より)。幸いこの度、再刊された。

◆ わが国では死語化してきた自由と闘った≠が国の大正時代の文士の「心」を、アメリカ人が今読もうというのだから興味深い現象だ!
小泉さん。ブッシュさんにその心は?と聞いてみてはいかが。

(猫生)


【2003年11月号】
九月号表紙画下の稲垣足穂の小文の反響に応える。

◆猫でもトラでも何でもよろしい。苦節十八年の末、阪神タイガースの優勝に、わがことのように興奮し溜飲をさげた人々も多かったでしょう。共に心を躍らせつつ、文学者も美術家も大衆も「自由な表現」を求めた大正・昭和時代を今に、重ね合わせ考える。

◆マサカ! ア・リ・エ・ナ・イから、・・・大正文学者らしく「意表をつく」という文学者独特の表現のファンタジーや文学的創造力に驚く歓声にまじった・・・「文字づら」に、昂ぶる初老の婦人と男性老人数人から声が上がった。いわく「責任者を出せ」「読んでいたねこ新聞も毎日新聞も止める」「子供が真似したらどうするのか!」「動物虐殺を助長する!」

◆少女も主婦も金のために売春はする。小役人は回春する。金に眩み女子高校生が軟禁される。青少年や大人の殺人は日常茶飯事。入院すれば殺される。現象のひとつとはいえこれらは犯罪者だ。人間としての常軌外れる心のかけらもない狂気が走るわが国には人間としてあるべき姿や豊かな心(小説や詩なども心表現の形)が消えてゆく。

◆広告ナシ。損得抜きに猫の好奇心を発揮し、せめて人間として「文学の愉楽」を追求 してきた。スポンサーさえ付けばテレビであれ雑誌であれ或いはテレビゲームでも戦争や裸を売り物にする。

◆小紙は下卑で危険な風潮と一線を画している。大人は子供への教育・責任を考えたことはありや否や!?
(猫生)


【2003年10月号】
タルホ1 《タルホのデビュー》
◆九月号の『愛猫家列伝―稲垣足穂を脱稿直後、猫自慢が集まる不思議な呑み屋から子猫のテロリストがきた。タルホと名付けた。足穂が幼時に呼ばれたように、大阪弁でタルちゃんと尻上りに発音する。無垢でカワイイから自然に目じりを下げ放しでわが家は爆笑に包まれ、怒声と悲鳴が響く。写真のように、お腹のど真ん中に五つ星の天才的な遊び人のゼンマイ仕掛けのような暴れ坊ときた。
天から降りてきたようなヤツに先住人二名に猫二匹はあたふたと振り回され、上を下への大騒ぎである。
タルホ2 ベットに横になろうとパジャマのズボンを引き上げようとしたらほんの数センチの隙間から入り込み、どけようとすると尻を噛むわ、引っ掻くわ。上向きに寝ると野っ腹をかける様に、山から谷へと駆け回る。無垢でさえあればよいとは言い切れない。加減を知らぬ遊び人テロリストの無差別攻撃に身の危険を感じながら眠れぬ夜を、さらに息苦しくする。

応戦するチョビ(♀)との闘いの展開を追っているうちに我が目を疑う夜もあった。一喝され・・・壁を這い上がり天井近くに張り付いている。気が付いたら私の枕に頭を並べ可愛い姿で寝ていることもある。気が付いたら私の枕に頭を並べ可愛い姿で寝ていることもある。足許に小便をぶっ放す不謹慎なヤツでもある。この顛末の原因は、破天荒タルホと名付けたからかと、わかったようなわからぬような想いが巡るうちに、首輪の鈴の音で翌朝を迎える。
(猫生)


【2003年9月号】
《天稟と宿縁》

◆ひとが夢やロマンを天体へ託してきた東京渋谷の「五島プラネタリウム」の灯が消えて2年が経つ。 戦後、わが国には、個性のない夢のないあたりまえのひとだけになったといわれます。

天から稟(うける)意から生まれつきの才能を天稟といったり天性とか天分といったりするのでしょうが、・・・・大正時代、星や月の天界を書く独創的≠ネ「タルホ文学」を確立した文士稲垣足穂こそは文字通り天稟であった。

◆表紙は足穂の代表作『一千一秒物語』短編の一つと大学院生の早くから大きく世界に羽ばたく稟質の深澤琴絵さんと組み合わせた。その受胎していた天稟の感性がエジプト悠久の風に触発されこの世に生を落としたというのか、美しく感動的で独創的な『赤い太陽とキャラバン(隊商)』という作品との際会には、唸り、われを忘れて興奮した。私がかつて「アラビアのローレンス」を夢みて走り回った灼熱の砂漠が思い出され、感慨深く感動もひとしおでした。ましてや、砂漠舞台に描く、「赤い太陽が砂から昇って、砂の中へ赤く沈む。風が砂の小山を作っては、またそれを平らかにして過ぎ去る・・・」とはじまる(『黄檗奇聞』という大正時代に足穂描く名作の情景を、彼が死んだ年に生まれた琴絵嬢描く作品がそれを彷彿させる。これは天与の感性と星が結ぶ神秘のなせるわざか。

◆『愛猫家列伝―稲垣足穂』にて、木版挿画で応援いただいたのは静かな感動″品を発表され続ける、春陽会・会員版画家宮本典刀さんが「岡鹿之助賞」を受けられた森閑とした格調高く、神々宿る『街の記憶』に感極まり、強引に口説き落とした次第です。

◆死せる長谷川、生ける宮本を走らせる≠ニいう後日談。足穂最初の創作は、大阪朝日に連載の長谷川如是閑のハイカラ小説「叔母さん」を読み、こんな粋な小説を書きたいと思い立った≠ニ、『緑の陰』冒頭に記された大思想家は、愚生が私淑する宮本夫人の「叔父さん」です。天稟と宿縁に万感迫る。
(猫生)


【2003年8月号】
◆来月九月号では、人気の『愛猫家列伝』は、稀有の天才稲垣足穂(いながき・たるほ)を取り上げることになりました。

◆大正時代の文壇に彗星のように登場し、彗星のように消えていったひと。戦後、第一回日本文学大賞受賞したという神さぶる巨人の高嶺に霞む「素顔」に迫ろうと、・・・・死人に口なし≠いいことに、独創と闘ったあの破天荒な人物が、逸話や挿話を通じて心象風景的に、ご本人自身を語られることは最もいやなことだろうどころか、怒りを買うことは当然想像されたことだ。

◆それなら誰にも書けなかったことをあえて私の視点で書いてみようと、わたくしの突き上げる衝動と同時に、かつて「馬込文士村」滞在当時、当社のほんの近くに住んでいたという「えにしの心の糸」にたぐりよせられたのです。

◆限られた紙幅に、大作家の懊悩と哀しみを表現できたのかどうか不安がよぎる。が、泉下のご本人が慌て隠れるところを探すようなことにならなければと祈って止まない。天下の毒舌家稲垣さん。
(猫生)


【2003年7月号】
◆ 混迷に、常軌を逸する事件や狂気が走ることに神経をすり減らすことはやめることにしている。その狂気が再び三度猫にむけられぬようには祈るほかない。おたがいもっと気楽に楽しく猫的に生きる方法をみつけましょう。何とかなるさと構えるのも一考ですよ。猫に余生を賭け、ナンバーワンを求めず、ひたすらオンリーニャンへまっしぐら。

◆ 開眼した反人間的生活。・・・身を捨ててこそ浮ぶ瀬もあれ≠ニいうじゃない。もちろん猫的といえる直観に頼ることだ。計算得意の銀行もバンザイする世相。わたくしたちの人生には間髪の間に予想だにしない猫が不思議な劇的なことを起こし、血湧き肉躍り楽しくなるという次第です。・・・

◆ 天下泰平『ねこ新聞』おじゃま虫(なっちゃん♂)は果報は寝て待て=B
(猫生)


【2003年6月号】
◆『猫は世につれ 世は猫につれ』のカットと共に漫画家の柴田達成さんから、一葉の文が届いた。猫仲間の確かな感性を伝える一文にうれしくここにご紹介したい。猫の視線でモノを観ると今の人間社会の複雑な様相が気の毒に映るかもしれません。ものごとにとらわれない猫の人生!?うらやましく思います。桜も散り、春が去って行きました。少しモノ悲しいです

◆昨年末小紙が協力し発売した『免疫学問答』(河出書房新社)わずか3ケ月で8刷7万部突破し、なお上昇中。さる4月4日、著者の一人で世界的免疫学者安保徹先生がNHK「ラジオ深夜便」人気コーナー『心の時代』に出演され、40分にわたり天気や心のありよう有様と病気の関係を先端の視点から説かれ大反響でした。NHK当日全ラジオ・テレビ番組中一番反響があり、5月再放送されNHKサービスから、そのCDが発売された。続いて雑誌『ラジオ深夜便』六月下旬発売号の七、八合併号に掲載も決定(全国書店で)。

◆いまさらのようにつのる医療不信の悲鳴が聞こえるようだ。年30兆円超の医療費が国庫を圧迫すると愚痴をいいつつ改革読み改革知らず≠ニいうわけか。 自分の傷口は自分で舐めて治す猫をみて、バカな人間より猫の方が上じゃといいたくもなる。
(猫生)


【2003年5月号】
◆いつぞやの月刊『『東京人』の巻頭文に、知識欲が物欲に対抗できぬ国に未来はあるのか≠ニいう日本人の耳が痛む一文があった。

◆日曜朝。テレビに見入っていたら、平和に原点をおき、戦争反対するパリの五万人規模のデモ隊をテラスに座り眺めていた三人の若い女の子のひとりが、「これほどフランス人に生まれた幸せを感じることはない。」と奔流に流れず個性的なフランス娘の片鱗に救われた。

◆うちのノラ出身の猫は、イラク戦争と、アメリカと日本の処し方について、偉そうな政治家や専門家によるテレビ討論会を横目に、狸寝入りをきめこんでいたが、その内、ばかばかしいのかすっかりいびきを立て寝てしまいました。

◆富国強兵転じて『富国強猫』・・ねこがぐっすりと寝むれる国は心富む国という、猫と一緒の開戦直前の平和な日曜朝のひとときではあった。

◆ところで、そう。戦争開戦で思い出しました。寝ていたうちの猫が、「コイズミドノは、ダレカニフリスギ、キレタシッポはドウスルノ?」と犬のシッポが気にかかり寝言をいっていたっけ。
(猫生)


【2003年4月号】
◆二月二十一日に、新聞創刊131年目を迎えた『毎日新聞』とわが紙と毎月一度、部分転載するという企画協力関係に、・・「歴史と野次馬精神(好奇心)と伝統の反骨精神という遺伝子をもつ毎日新聞」と、「個性と好奇心と遊び心溢れる猫らしいわが紙」が、夕刊『毎日新聞』に落とした一粒の種に、・・ ・・よもや、これまでもの花がほころび、新聞史上未踏の、見開き二頁に展開という快挙に至るとは感慨もひとしおです。

それは偏に、わが国を代表する毎日元主筆・大ジャーナリスト阿部真之助から現社長に受け継がれた愛猫精神を、筆者は猫の宿縁≠ニ見なす。

◆今後、益々「心和む猫の文化」の磐石(ばんじゃく)を期し、きな臭い世相の今、かって馬・犬・ねこも徴用され犠牲になった(軍人の防寒コートへ・・)富国強兵ではなく『富国強猫―ねこがゆったり平和に眠れる国は心の富む国という』世界の実現をめざし努力したい。
(猫生)


【2003年3月号】
◆不況が続くよどこまでも・・ひとの心が荒んでいくぞ。

バブルのつけの遺産を夢中に計算しているうちに、気がつけば、心の負≠ニいう遺産を増やしている事実を考えたい。相変わらず、猫を虐待する変質者は後を断たず。活字離れもしかり、不況は、ねこにまで長い影を落す。購読者から、失業、倒産したと深刻な悲鳴の声、声が、・・具体的で、読者を消してゆく。

◆二月号に舞い込んできた青い鳥を、ねこへの天意と受け止め、ねこが、綾なす「心和む文化」の狼煙(のろし)になるように祈りつつ、余命を賭けようと思う。

◆ねこの手を貸し、昨年末、世に出た『免疫学問答』(河出書房新社)が折からの「医療不信」という世相が追い風にもなったのか、日の出の勢いでスタートし、増刷しました。陰陽の応援ありがとうございます。寄ると触ると吹聴してください。
〈舌代〉

◆二つの何故にお答えいたします。

(1)年齢や職業・電話を記入させる意味は?・・どういう方が購読して下さるのかと「読者像」を掴む常識的な努力の一つと、緊急連絡用に他ならずとご理解ください。(2)新聞というならなぜもっとほかの新聞や猫雑誌のような情報を入れないのか?・・袖振り合うも多生の縁≠ニ、道往くひとと袖が触れることでさえ、因縁だというように、ひとびとが猫を通じて知り合うことは宿縁を超えた、正に異なもの味なものから魂の鎮まる双方関係にまで新聞をたかめたい。好奇心豊かに、品よく、物より心に寄り添う編集努力をしており、世界無類の新聞と自負し、日本新聞博物館・国会図書館・日本外国特派員(外人記者クラブ)図書館などで収蔵されています。

◆乱立気味の猫雑誌も各誌が住み分け努力をしているようですね。選択肢は読者自身の掌中にあるのに『ねこ新聞』を選んで下さりありがたい。『ねこ新聞』は、その努力の中で、障碍者や弱者や野良猫には常にやさしくなりたく思います。


【2003年2月号】
―復刊二周年記念号に寄せる・・・熱いエール―

青い鳥ありがとう。

  この度は、本企画にかくも幾多の作家と読者のみなさまから、薬石にも優る熱い血が通ううれしいエールをいただきました。

  失意のとき。血が通わぬ冷凍の体に、冬のナイフの刃が狂い走り奈落の痛苦に沈むとき。・・・明日の不思議な直観力と猫への熱魂=E気力と、天意を運んできてくれるに違いない青い鳥≠フ心を噛み締めながら、燃える至福の満二周年を迎えることが出来ました。

  ありがとうございました。
『ねこ新聞』編集長 原口 緑郎(猫生)
妻    美智代


【2003年1月編集後記】
 新年明けましておめでとうございます。

 みなさまの変らぬご購読と作家のみなさまのご好意に支えられ、病魔にも屈せずここまで「ねこの一本道」を歩き続けることができました。ありがとうございました。

  今年も力強く支えてくださいますようお願い申し上げます。

  年の初めに、好きな老詩人坂村真民(さかむら・しんみん)の「純粋一途、一途一心」の詩をあなたと愛猫に献上します。

 〔花〕
 何が/一番いいか/花が/一番いい/花の/どこがいいか/信じて/咲くのがいい

 昨年末、朗報が飛び込んできた。心血を注いだ11月号の超人南方熊楠翁の精神的支柱になった『神仏習合する、熊野三山、高野山、吉野と参詣古道一帯』が世界遺産に推薦された。  


【2002年12月編集後記】
◆今月は【障*碍者月間】にあたります。寺の坊主も走るほど忙しい師走。泉下のキリストさまも面食らうだろう落ち着かなくせわしいクリスマス月にね。月間を設定した役人の神経の底が見えるようで正直いってわたくし自身、第一級障碍者ですがうれしくもない。

◆せめて、本紙は彼らに宿る、光る才能の一端を紙面で展開しようと思う。障碍者福祉思想家で早世されたキリスト者であった糸賀一雄の思想と生涯を著した名著『この子らを世の光に』(京極高宣著NHK出版)を読み返してみる。・・・【光】の意味するものについて、(前略)『聖書』の光は闇に対する輝くもので、周囲を明るく照らすもの、したがってまた希望や真理を象徴する意味を持っている。この光は、しばしば見る人によって見えないもの、否、多くの人にはむしろ見えにくいものである。ルターの言葉のように、光は希望に、希望は信仰につながるとすれば、「信仰は見えないものに向う」(ルター)とも光は関係つけられるかもしれない。(中略)次のパウロの言葉はきわめて深遠な内容をもってくる「目にみえる望みは望みではない。なぜなら、現にみえている事をどうしてなお望む人があろうか。もし、わたくしたちが見えないことを望むなら、私達は忍耐してそれを待ち望むのである」

◆われわれが、〈毎日が猫の日〉を望むように、〈毎日が障碍者の日〉になれるように望みたいものだ。
  *本紙は障害の害の字に敢えて碍をあてております。


【2002年11月編集後記】
◆先にわたしが寝ていたの=Aオレがこれから座るからどいて!≠ニ、うちの愛娘チョビちゃんとの席(イス)の争いから、席とか座のさまざまを改めて考えてみようと思い立った。

◆国民のためにではなく、座食(働かないで食べる意)する政治家や役人のなんと多いことか。不正で席を追われた政治家達や役人たちの何と多いことか。いかめしい座を追われた経済人たち。座を狙う魑魅魍魎(ちみもうりょう)たち。首相の座に首をかけたあのひとは席を蹴らなかったが・・・・。

◆静座できず教室で、席を離れウロウロしているこどもたちが多いと聞くが。 生涯、座を求めなかった超人南方熊楠(みなかたくまぐす)。彼は幼少時、江戸時代から町の隠居が開く心学塾で〔静座〕を学んでいた。

◆かの地イスラエルにはヘブライ語で〔座力〕をいうコーアハ・イェシヴーという名の五歳になる前に通う、聖書やタルムードを学ぶ学校が全国に有るらしい(『旧約聖書の世界』岩波現代文庫・岩波書店)

◆わが国では、「『教育県』宣言ブーム」が拡がる現在、国作りは学問や読書からとすれば、日本の文部省の教育談義より史観があって解り易く、妙に説得力があるというと叱られるだろうか。これから寒さが増すと、うちでは猫たちとの席争いが激化に向う。


【2002年10月編集後記】
◆狂おしく森羅万象を蝕む(むしばむ)ようなこの夏も台風一過。 敏感な猫達は布団に戻り、鈍感になってきたわれわれ人間には〈考える秋〉の訪れだ。・・・かんがえる。 「ねこ虐待・惨殺」と、『世界天災』のことを今、あえて考える。

◆始めた古典連載―『子猫』の作者で愛猫家、100年程前に天災は忘れた頃に来る≠ニいう警句を残し、予知能力でも知られた物理学者・鋭い眼力の持ち主だった名エッセイスト寺田寅彦先生の眼には荒み病むこの国はどう映るのだろうか。

◆前者について、経済至上主義に血眼(ちまなこ)になって以来日本人の美徳であったはずの思いやりや慈しみなど仏教国心の箍(たが)が外れ、このように不況閉塞感がまん延すると、人間としてあるまじき狂気にさえ、・・そういうこともあるんだなと、内心アキラメにも似た口実に連なる気持ちがひとりひとりに生まれると、その病巣がこの国の命運を決めかねない。早晩、外国から、小さな生き物を殺していると「霊の国」という看板を降ろされるだろう。

◆後者について、この国には、喉元過ぎればと危機意識が薄く、世界の天候異変をわが脳天の一針≠ニ生かさず環境を軽視していると、その内、「天変地異」の天誅(てんちゅう)が下る!
それが関東大震災を予知する記事を雑誌に寄せていたという寺田寅彦先生のご託宣だけに重い。くわばらくわばら。


【2002年9月編集後記】
◆教養や時代が人物をつくるという見方はあるが、時空を超え、古今東西の万巻の書との死闘は、まるで蜘蛛の巣の中でもがき、あえぐ蝶にはなる。「どこかの変人という程度ではなく、ケタ外れかつスケール大きな奇人や異能のひと探し」の旅を続けて久しい。タイジン(大人)に、連れ添う役者を演じる猫の存在をしばしば発見するからだ。

◆わたくしを含める共通項は、「猫の・・・好奇心と・・・独創力」であるのかもしれない。・・・兎に角、その大人物の〈実像〉を垣間見るという至上の悦びが車椅子のエネルギーの源泉にもなるからだ。が、七月号で紹介した岡倉天心の愛猫への恋文にはオドロキましたね? 

◆寄贈するため送り出した世界のマスコミや天心ゆかりのボストン美術館、親日の世界的に有名な大学から打てば響くとなる反響が待たれる。果報は寝て待とう。

◆読者の方々から、うれしい歓呼の反響(感性ともいえる)をいただきました。感動しました。感動の余韻があるうちに電話した=i国営放送テレビ局局長)おどろいた。もっと威厳のある強面(こわもて)を天心に抱いていたイメージが変わった=i芸大出身の写真家・上野昌子さん)等々あるいは電話やファクスやメールをいただきました。カナダ・トロント在作家梶原由佳さんからもうれしい感動メールをいただいた。 


【2002年8月編集後記】
◆色いろいろ。こともあろうに自民党派閥の親分・長老が日本代表のサッカー選手の赤髪が日本人の代表として相応しくない、恥ずかしいと強心臓にもケチをつけた。・・それもサッカーで国民が熱塊になっているその真っ只中にだ。

◆自らまっ金色の同僚を抱えた親分は、国民を代表している代議士として一片の恥じらいはあったのかという思いが頭中を巡りまわりにがにがしい∞バカバカしい≠ニいう固体になった。
◆金色のゲスが逮捕され溜飲を下げたと思ったら、人気の連載『犀星と猫いろいろ』をお願いしていた室生朝子さんの訃報に接し暗い気持ちになってしまった。

◆父上の地元・金沢に室生犀星記念館が「8月1日にオープンするので、ぜひ一緒に行きましょう。金沢は食べ物もお酒もおいしいし、あちこちご案内しますよ」と大層楽しみにしておられたので、最近入退院を繰り返えされてはいたが、それまでは頑張っておられるのだとスタッフと話していた矢先に逝かれた。あと一月ちょっとというところで.・・・。

◆連載の打ち合わせに詩人の山本さんと、ご一緒に来てくださったことがあった。出版界、本のこと、今は昔の地元・馬込文士村のことなどに花が咲いた。「あなた面白い人ね。昔と違って編集者と親しく話すことも無くなったのよ。だから今日は楽しい楽しい」とはしゃがれたのが印象的に思い出される。

◆『ねこ新聞』六月号の表紙の詩はお父上、室生犀星の「猫のうた」である。私の資料中この詩や今月・八月号の堀口大学の詩「犀星詩人昇天の日に」が掌中にあった。昨年、初めて朝子さんにお目にかかった折、時の記念日に合わせ来年の六月号に掲載をおねがいすると「お父様の詩のなかに猫の詩がありましたか。それはよかった」と驚かれまた喜んでくださった。

◆それから一年、初めて登場ねがった犀星氏の詩を見ながら6月19日に亡くなられた不思議な偶然に改めて表紙に見入った。ご冥福をお祈りいたします。


【2002年7月編集後記】
◆かれこれ3〜4年前、障害者総合美術展へ横浜まで出かけ、田中瑞木さんの夕焼けに包まれる猫に、立ち尽くし感涙してしまったことがあった。・・・自由奔放。無類の型破りで美しく輝く田中さんの猫には神様が宿ると思った。圧倒的にすごい。スゴイ!を思わず連発し、「内に神様がいますね」と隣りにいらしたお母さんにささやいたことが蘇る。

◆念頭にあった岡倉天心。その豪放磊落(ごうほうらくぃらく)で創造的な世界の天心と組み合わせる絵は瑞木さんの他にないなとひそかに想っていた。

◆今月号のラフが決まった直後、モスクワからくる天才猫たちの「世界でたったひとつの猫劇場」のお知らせ案内をと委員会の方が来訪。

◆一昨年、その人間の俳優も顔色ナシの演技・演劇には、底流に流れる国の文化の歴史とその認識のわが国との差を痛感したことがあった。

◆黒一色に塗られたムネオに重なりがちなロシアの面目躍如。わが国には相変わらず暗いことが連発しうんざり。百聞は一見。憂さ晴らしか、お払いしましょう!


【2002年6月編集後記】
◆血で血を洗うパレスチナ紛争の直接の原因を作ったのはイスラエルです。具体的に、二つです。・・・ひとつは、ユダヤ系資金に支えられた〈シオニズム運動〉― 時は旧約聖蕃までさかのぼる。神に選ばれたというユダヤ人が神が約束した地パレスチナ≠ノ移住し、世界に離散したユダヤ人が強引に郷土を建設しようとするもの。もうひとつは1948年5月〈ユダヤ国家イスラエルの建国宣言〉でした。

◆追い出され権利も宗教・文化も奪われ、住んでいた多数のパレスチナ人がヨルダン川西岸を中心に難氏としてテント生活を強いられ、あるいはアラブ諸国をはじめ世界に離散していった。一方イスラエルは郷土の拡大に狂奔する。その緕果、今日の紛争につながりました。

◆米国の支援のもとにミサイルや飛行機を含めるあらゆる近代武器を装備するイスラエルに立ち向かうパレスチナ人愛国者達は自動小銃しか持たないのだ。闘う術のない絶望的な彼らは勢い自爆するような非常手段に走ることしかない。・・・・知識人中心に世論の同情を集めるということは自明の理だ。

◆米国の強力な後ろ盾に、国連の決定をも無視するイスラエルを考えると一時の小康は期待されても今後、劇的な平和が来るとは考えにくいですよね。テレビで大写しになった、追い詰められてゆく「時のひと」年老いたヤセル・アラファットの疲労困憊が目立つ。モタモタと、わたしはイスラエルに屈服し国民を裏切るより殉教者(MARTYR)になるのだ!≠ニいうのが凛としつつも悲壮と虚ろに響き哀れで胸が痛む。

◆かつての親米アラブも口を揃え「親米頼るにあらず」といい、世界の世論が米国一辺倒ではない。赤ンベーだ!

◆かの地の平和は、アラブで一番信用がある猫さまに祈るのは一計に違いない。


【2002年5月編集後記】
◆野良猫の生態研究で理学博士を取り世界に論文を発表している学者がいる。言わずと知れたわが人気連載「ノラネコロジー」の筆者である山根明弘さんだ。

◆そこで、先月の先憂が案の定。野良猫の背景と現状に無知な人達がまとめたらしい3月22日付環境庁・中央環境審議会が、労作「ペットの飼い方」という答申中に、近所迷惑だし事故や病気の恐れからネコは室内で飼う≠ニある。が、野良猫とそれを世話する人達の市民権は無視される。

◆本紙は野良猫についてはノラネコになった事情を考える。人間に捨てられ、惨殺され、虐待される彼らを世話する市民を含めたネットワークを考えねば、小さな命を、ひいては人命を軽視することを助長すると危惧する・・・富国強兵ならぬ、「富国強猫」運動を提唱している。即ち猫がゆったりと寝ながら暮らせる国は心が富む国である≠ニいう理念を掲げる。

◆表紙について…、日本画家町田久美さん(復刊記念号表紙絵)はわが画境を往く・・・知性と直観力に裏付けされた構想力に練達の筆さばきを加え、それを品性豊な劇的な美術にまで高める。この度、奇想天外な「4人の猫のジャズメン」を描かれた。それに相応しく、不思議な予知能力に優れた稀有な明治の天才大物理学者・エッセイストであった寺田寅彦さんの筆による「猫のピアノ」に共演していただく。煌(きらめ)く新緑を愛でる饗宴のひとときをどうぞ。


【2002年4月編集後記】
◆どうせ小人閑居(しょうにんかんきょ)して不善をなすの類だろうか。「雲泥の差」とでもいうのか野良猫について見方が東西真二つに分かれる。

◆イタリアから、ローマ市「動物権利」担当室いわく、「いまや猫は遺跡の一部になっており、その文化的な価値であり文化遺産に認定した。さらに、病気の猫の世話をするボランティア団体は、次は資金援助を求めている」と。

◆わが国の大手の報道では環境省いわく、「猫が外出せぬように法律化する」という愚策。これは猫の嗜好というより国民の心、役人わからずという役人の資質の差だろう。文化の差とか民度差とか一蹴しかねぬ。座視せず。

◆・・・ある時タイ国軍事政権がノラ犬・猫狩り≠発表したところ、国民の猛烈反対抗議で潰されたことがあったと駐タイ経験があり当時の事情をよく知るというタイ大使館日本人館員から取材したことが印象的に思い出される。詳しくは、小乗仏教の国ですから国民個々人に慈悲心が徹底しているから潰されたのですよ≠ニいう。

◆葬式仏教になり落ちたといわれ、猫惨殺は当たり前、殺人も当たり前の狂気が走る大乗仏教国家の国民として恥じ入ったものだった。環境庁の賢人ぶってる役人どもには、〈衆生殺生〉(・・・・生きとし生けるものを殺さぬ)という無慈悲の心は死語なのだろうか。

◆もとよりだます人間よりねこの方がましだ≠ニいう世相は届いてないでしょうね。声高な経済至上主義小泉首相にはブッシュに心身を捧げても、心の改革を考える余裕はないことでしょうね。

◆ところで、あなたの尊敬する英国の専門紙にはのら猫を救う全国クラブの話題は頻繁ですが・・・・ローマと野良猫については本紙でローマ詳報を急遽準備中。


【2002年3月編集後記】
◆ひとの口から口に話が伝わることを―米人は、よく葡萄のツルが添え木に伝わり次から次に伸びる姿に喩え―グレープ ヴァイン ウエイ(Grape vine way )いうように表現する。

◆漫画家の鈴木義司先生が、イラストレーターの山城隆一さんを誉め称えた12月号の文章を読まれた作家・出久根達郎先生から同令夫人に伝わり、大変喜ばれた由。山城先生の事務所の方が、先生のイラストカレンダーや絵葉書を抱え、鈴木先生のところに来られたそうで、「とてもうれしい・ ・ ・出来事でした。『ねこ新聞』のおかげだと喜んでおります」と連載中の作品・原稿に添えてくださった。うれしいツルは天まで伸び続けてくれ!

◆3月号向けの『劇中劇の名優たち』という俳優・作家 加藤剛さんの惚れ惚れするようなハイブローな原稿には生きた一匹の猫が潜んでいました。「『ねこ新聞』は人のために、猫が出している新聞みたいなところがあって実に面白いなと拝読しました」と加藤剛さんからのメッセージ。猫は猫であると喝破したのは猫好きの禅の哲人鈴木大拙(すずきたいせつ)であったか。

◆内外で大活躍中の異才画家出町千鶴子さんの、オーストラリアの「死を待つ子供達」のための医療ボランティア〔パラダイスキッズ〕支援チャリティグループ展「Q人展」に行ってきました。平面あり、立体ありの力量のある楽しい展覧会でした。出町さんから、「ねこ新聞・毎日新聞の多くの読者が来場下さり多分のご協力いただき感謝。よろしく」と。



【2002年2月編集後記】
◆先日、大新聞社の読者欄に、「紙面の品性」は、国民から信頼される新聞の第一条件であり、わいせつ性の強い雑誌広告がひどいと槍玉に上がっていた。・・・とまれ、おかげさまで、広告ナシで復刊1年目を迎えることが出来ました。子供だまし程度に違いないとおもわれた節もなくはなかったが、下卑に流れる大勢に、棹を入れ、「たかが猫」「されど猫」だという気構えで夜に日を継ぐ文字通り死に物狂いの「蟻の歩み」で、何とか、やっと一里塚に辿りついたという心境です。・・日暮れて道遠し。精神的な支えは、・・読者・作家・制作各位の厚意や不屈の犠牲的協力の他ございません。

◆その上、ねこへの愛情深く温かい無類の品位高く美しい『ねこ新聞』だという身に染みるお誉めや励ましは大きな支えでした。さて、殺戮があくなく続き世界中が戦争モード≠ノなる昨今。とかく〈富国強兵〉という激流に足をすくわれるのではなく、猫がゆったりと眠れる国は心が富む国という=@―猫を捨てない、虐待せず、―生きとし生けるものを殺さず慈しむという−衆生殺生(しゅうじょうせっしょう)という仏教固有の精神を受け止める「富国強猫」運動にはいよいよ好機到来!?

◆・・・・その実行案作成を急がねばと想いつつ・・・・・『ねこ新聞』手元不如意・わたくし自身の体力・スタッフの余力今だになし。『ねこ新聞』が貯め込んだ関連情報・ノウハウ等を今こそ立ち上げる、広く深く協力大勢を固めるチャンスとは確信して疑わぬが…。諸兄、諸姉あるいは関心ある良心的な企業等を含めるみなさまの積極的なご意見を待ち青図を描こうと決意する。

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